へや

軍人になったエド

2004/10/05

「あー、ここが俺の部屋?」

ここしばらく各地を飛び回る生活が続いていた。テロ予告。タイフーンによる橋の落下、復旧と見舞い。ばったり行き会った盗賊の退治に、彼らと結びついていた商人の摘発。麻薬流通経路を二つつぶし、マフィア組織にまっとうな商売を紹介し更生させた。
出先の宿を臨時の本部扱いにして、寝る間も惜しんで書類を片付ける。
司令部と臨時本部を行き来する有能な部下たちは、指示を守って的確に対処してくれている。急を要する事態は各自の判断に任せているが、たいていは最良の結果となっている…少なくとも、軍の基準で言う「最良」の結果ぐらいには。

犠牲はゼロにはならない。
それは、仕方のないことなのだ。
高い窓から空を仰げば、変わらぬ空がある。
だが自分のまとうのは、その空色の軍服だ。最良、最善の結果を目指して、最大の努力をしても、どこかで踏みにじられる者がいる。それを仕方がないという言葉で押し込めている。
いや、押し込められないからこそ、自分は現場へ向かうのか。



久しぶりに司令部に戻れば、部屋が変わっていた。
確かにこの間セントラルへ出頭して、昇進の辞令を受け取ったが、東方司令部へ戻ることなくカプールの視察へ向かったので、ここに足を踏み入れるのは3ヶ月ぶりになる。
「これからはもう少し、ここに腰を落ち着けていただかないと」
もう名実ともに東方司令部のトップなのですから、と俺の大層キレる副官クインビーは、珍しく笑顔でそう言う。

「んー、女王蜂がそのギンギンギラギラさせてる針をひっこめてくれると、俺も居座りやすいんだけどねー」
とたんにきりきりとつりあがった細い眉が、
「それなら、ご安心を。そこの座りごこちの良さそうな椅子に毒針を仕込んでおきましたから、座った途端に全治3ヶ月の絶対安静で机に釘づけですわ」
「……ケツにけがはしたくないなあ…俺の商売道具でもあるし―」
「そういう発言は慎んでくださいっ!」
口にしか毒を持たない女王蜂はぷんぷんと俺の部屋を出て行く。

うん、いつ見てもきれいな足だ。一般事務からの採用である彼女は慣例通りミニスカの軍服で、俺は彼女が副官になった当時、あの男に大層羨ましがられたことを思い出す。一般事務出のハンデにより、俺が准将になっても副官のはずの彼女はいまだに尉官ですらない。他の人間を俺の副官にしようという動きもあったみたいだが、俺は笑顔で断った。あの男と違って昇進が目的でない俺は、他人にあまりぺこぺこしなくていいのが楽だ。そのせいで色々と俺と彼女の関係を勘ぐる噂も流れたらしいが、無視していれば自然と消えた。年上はやっかいな一人で手一杯だ。そんな噂よりも、俺がセントラルの誰それにケツを差し出してうんぬんの噂の方が面白いのだろう。あいにくとどちらも根も葉もない噂に過ぎない。問題は俺の部下たちよりも副官の方が立場が低いということだったが、俺の知らないあいだに何か密約が交わされたようで、彼らは彼女の下につくことを気にしていないように見える。あくまでも、見えるだけだが。
どちらにしろ、俺の次に死ぬほど働いているのは彼女だろう。


だが、その事務仕事では有能な彼女も、俺の部屋を片付けといてくれるような優しさは持ち合わせていないらしかった。
確かに、俺の前の仕事部屋はすごい有様だった。半分研究室になっていたそこには、大量の本と学術雑誌と論文やらが俺の流儀で並べられていた。
要は乱雑に積みあがっていたとも言う。
以前は机につくことを放棄して床に座り込み、床で書類にサインをしながら、その横に本を広げて同時に読んでいた。
それが全部ここへ移されている。
きれいなふかふかの絨毯をみやって、俺はため息をつく。今までのような執務スタイルは不可能なようだ。
ダンボールの箱が10箱ほど並び、ふたを閉めきれないでいるそれらからは紙がはみ出している。
「…俺が整理するのかなァ…」
門外不出の本の写しなんかも紛れているに違いない。誰かにやらせるわけにはいかない仕事だった。
「あーでもここまで運ばれてる時点で、誰か見てんじゃねーの」
俺の部下がこの重労働をクインビー一人にやらせるような甲斐性なしばかりだとは考えにくいし。
まあいっか。
俺はひょいと机に腰掛け、足を組む。使い込まれた感のある大きな木の机の上にも、ダンボールが二つ載っている。最低限、書類を広げられるくらいのスペースはあけてあるのは、片付かなくても俺に仕事をさせようという彼女の愛情あふれる指示のせいなのだろうか。俺はこの部屋に来て、よくこの机に腰掛けたものだ。そしてこの部屋の主の仕事の邪魔をして、机の上でじゃれあった。

この部屋の主は、今では俺なのか。
そのことに眩暈を感じ、目を閉じた。


この後、大佐がやってくるんだよ。今はもう少将ぐらいにはなってるはず…。
pictにある「17才エド」の絵からのイメージ
勤勉なエドエド。クインビー微妙。本当はリチャード・ロックビーという青年にしたかった。



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送