青い鳥、飛んだ・後編

2005/01/02

通りの真ん中を駈けながら、エドは耳を澄ませていた。
特徴ある機械音。
ぎりぎりまで待ち、その息を首筋に感じたと思った瞬間、地べたに転がる。
鉄の鉤爪が宙を切り、エドはその瞬間に合わせた両手を地面に当てた。ぐぐと手の形に持ち上がった地面が、怪鳥を捕まえようと打ち合わせられる。だが、空の悪魔はその巨体と勢いで土くれを打ち抜く。もうもうと舞った土煙も二、三度の羽ばたきで吹き払われた。
「ダメか…!」
炎を放つべく待ち構えていた軍人は、顔をしかめる。
だが、金髪はぱっと起き上がって駆け出していた。走りながら打ち合わせた手で建物にスロープを作り、屋根の上へと駆け上がる。
舞い戻った鳥は目立つ金髪にひかれて、再びエドに向かい急降下してきていた。
エドは軽く足を開いて、それを待ち受けた。
「鋼の!」
声が、聞こえたような気がしたが、きっとそれは空耳だったのだろう。
だって、あの男は俺を呼ばないから。そんな風に切羽詰まった声で俺を。


大きな影が少年にぶつかっていった瞬間、声を上げていた。
そう、平静さを失っていた。
舞い上がった影は、その爪に人の体を引っかけていた。少し小さなそれは、見間違えようもなく。
思わず指を鳴らしていた。
嘲笑うようにらくらくと避ける鳥の周囲で炎は爆発して消える。
「鋼の!」
冷徹さで知られる軍人はもう一度、叫んだ。



エドは器用に手首をくるりと回した。
生身ではありえない動きは機械鎧の賜物だ。俺は生身の体に戻ったら、きっと不便に感じるだろうと、何とはなしに考えた。そして右手に触感があるということに怖気を感じるのだ。
それほどまでにこの腕はいまや少年の一部だった。
大車輪の要領で、ぶらさがっていた足に登る。
金属の体の欠点は感覚がないということだ。見えない位置に何かがしがみついていてもわからない。
機械の体が、機械の体を壊す方法を教えてくれる。
暴走すれば機械の塊は機械でしかないのか?ただこんな風に問答無用で壊されるのが運命なのか?
そこまで考えてふと、兄は弟を思った。



鳥の体は、至近距離で見るとやはり鳥とは程遠かった。羽根は鉄の骨に薄膜を張ったもの。だが、大佐の炎や銃弾でやられないところをみると金属コーティングがなされていると考えた方がいいだろう。体は機械鎧に似ているようにも思ったが、ぶんぶんと羽虫の唸るような音が間断なく中から聞こえる。
鳥の体の上に乗り、少年はやはり羽根の付け根を外して落とすのが一番良いだろうと一人ごちた。
そのとき、ぶ厚い雲がわずかに途切れ、月の光が降り注ぐ。
少年と、鳥へと。


「ねえ、あたしを殺すの?」


金属の体は背中の一部で絡み合うコードを露出させていた。その中に埋もれるようにして。
少女が一人。
金髪をこぼれさせた少女が、冷たい外気に裸の胸までを晒し、にっこりと笑った。
「ねえ、あたしを殺すの?」
赤いリボンがゆるやかに金髪を押さえている。少女が言葉を紡ぐと、コードがまるで生命を持つかのように脈動し、チーズのような匂いの空気が吐きだされた。
事故で14年前失われたはずの命。おそらくは14年前にあの老人が自分のすべての知識を捧げるかわりに、飛行機械と一体になることでこの世にとどめられた。だが――こんなにも無惨で、哀れで、哀しい殺人兵器。
「ねえ、あたしを殺すの?」
機械のように、少女は繰り返す。何度でも、何度でも。
エドは鋼の刃を振り下ろした。





街から離れた丘に辿り着くのは炎の錬金術師がもっとも早かった。
少し離れたところに落ちた片方の羽と、そして本体。
結局一人でそれを退治した少年はただ一言「全て燃やしてくれ」と言ったきり、大木に寄り添うように立ち尽くすばかりだった。
男は何も言わずにただ指を鳴らし、それを原形をとどめない鉄くずに変えた。


「…なあ、あの図面は?」
「彼と一緒に燃やしたよ」
一瞬の影絵のような死を思い出し、エドは身を震わせた。
中央に提出すればきっと昇進の種になっただろう。だが、少年はそれを追求することはしなかった。
大佐は正しい。その判断が軍人としてはどうなのかは知らない。だが、錬金術師としては正しい。きっと誰よりも。
この男は歪んだ知識に引きずられることはないのだろうと、エドは考えた。 錬金術を学びながらそれを道具としてしか用いない彼は、自分が道を見失い溺れそうになるその闇にも流されず立つ。
知の闇。好奇心がゆえに踏み越えそうになる境界線。
その境をこの男はよく知っている。自分たちの踏み込んでよい場所と、決して触れてはいけないものの、ナイフエッジを

「…石はあったのか」
「いや。使ってたのは、質の悪い星の水だった。何か混じりもんの多い…」
人の体液や獣の骨の混じった星の水は14年の年月のためかひどく濁り悪臭を放っていた。少女の上半身はまるで花を水に挿すように、浮かんでいた。腰から下は切断されて。
「そうか」
ずっとあの子は狂っていたのだろうか。最初から?
それとも錬金術の限界で?
いつか――も。
同じように。


「――手遅れになる前に」
少年の呟きを聞きとがめ、軍人はその顔を覗き込む。
それをうっとうしそうに顔の前で手を振り、払いのける。
「巻き込んですまなかったね」
「別に」
「…始末は私がつけるつもりだったんだ。お前にそこまでやらせるつもりは」
「別に、俺がやったからって同じことだ」
同じではないだろう。何も教えなかったことが裏目に出た、と軍人は目を伏せた。自分は、彼女の存在もありうることだと思っていた。何も知らなかった子供よりは、ましだったろうに。
「早くセントラルに帰ろう。君の弟も待っているだろうからね」
「――ああ」









白々と明るみはじめた東の空。
青い鳥は自分の巣の中で目覚める。
ああ、飛ばなくては。
戻れない朝に。


2005年最初の更新がこれってありえないような…!(汗)
暗くてごめんなさい。
去年から2ヶ月くらいダラダラ書いてた物です。
すごく説明とかを端折ってあるので、わかりにくいところもあるかと思ったけれど、 一貫してエド視点で、エドにわかる範囲のことしか書いてない感じで…。

もっとエドロイの甘々ラブラブを書こうよ、私…!(ファイトォ!)




SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送