鶯鳴く日に

2006/04/07

ぱちんと音が弾けたとたん、駆けながらエドはやめろ!と声を上げていた。
同時に打ち合わせた手を力の限りに地面に押し付ける。そんな勢いが錬金術の発動時間を短縮させるわけではないことはわかっていたが、それでも手に力はこもる。脳を流れるいくつもの錬成陣を手足に広げ、次々と力の円環に乗せて送り出す。
ど、ど、ど、ど、と盛り上がった地面が壁を作る。焔の標的となった男の周りに。
だがその程度では彼の炎を阻むことはできない。彼の作り出す炎はただの炎ではない。まるで生きているように細く伸び、壁をかいくぐって、炎の先端は標的の前で、花のように、蛇のように、大きく開いた。
標的の恐怖に歪んだ顔がわずかに見え、そしてさらにせり上がった壁が全てを隠した。


どん、と地面が揺れ、壁のままにまっすぐ上へ炎と爆風が吹き上がった。
「…ダイナマイト」
想定外の衝撃に、すっくと立つ炎の錬金術師は目を見開いた。頭にぱらぱらと土くれが降る。
自分の左に膝をついて息を荒げる少年が何をしたのか、ようやく悟って苦い表情になる。
軍を巻き添えにするつもりだったか、それともそれを脅しに逃げ切るつもりだったか。今は知るよしもない。テロリストがそれを口にする前に火を飛ばした。

ただ、この小さな錬金術師が気付かねば、皆吹っ飛んでいた、とそれだけだ。





「息が、止まンかと…思ったっ」
短い言葉すらうまく言えていない。一瞬でごっそりと体力を失っている。圧縮した短絡錬成陣の構築はものすごくエネルギーを喰う。頭をフル回転で使えば疲れるのと同じことだ。
焔の錬金術師は地にうずくまくるように肩で息をする少年を見下ろした。
自分の判断の誤りを省み、彼に感謝を言うのは簡単だった。
だが、それができなかった。
ただ莫迦のように言葉もなく子供を見下ろしていることしか。





「鋼の」
ようやくロイが彼を呼び止めることができたのは、事後処理もあらかた終わったころだった。テロリストの残党を捕え、本部へ連行させた。アジトや首謀者は不明だが、それがわかるのも時間の問題だろう。軍部の追及は厳しい。そこで繰り広げられるであろう光景を正確に描写できる自分から目をそむけた所で、かがみこむエドワードに気づいた。
「鋼の…」
2度呼びかけても答えない。
「エドワ―ド?」
ぴくりと大地に添えられた指が反応し、それだけでロイは目を閉じて天に祈りたくなる。なぜ?なぜだろう。
「大丈夫か」
少年はその言葉にスイッチを入れられたように立ち上がる。
それでもロイよりもはるかに低い目線。無理もない。彼はまだ子供だ。そう考えて、大人とはとうてい呼べない年齢の彼との密事が脳裏をよぎり、ロイはわずかに顔をしかめた。その執着が今回の失態を生んだ。
彼を関らせまいとして、逆に彼に救われるという失態を。



「素晴らしい活躍だったな。ああ、実に素晴らしい。すぐにテロリストたちも全員捉えることができるだろう。全て君のおかげだ」
軽い言葉が口をついて流れる。
「鋼の錬金術師、エドワード・エルリック」
「…俺の手柄はあんたの手柄だろう?」
低い声はまるで呟くようだった。
「まあ、そうだな」
その皮肉にロイは目を細めた。
望まない結果が自分に栄誉をもたらす。
彼の手を汚して。
彼の心を汚して。



「…あいつ、クラウスっていう名前だったんだ」
この結末に冷徹な軍人が悔恨を感じていても、さすがにこれは予想外だった。
「何?」
「あんたは知らないだろ。この町で何があったのか。テロリストなんかいなかった。クラウスたちが何を考えてこんなことをしようとしたのか。クラウスがどんなヤツで、どんな顔で俺とメシ食って、メリーアンの話をしたのか」
どんな声でメリーアンに捧げる恋歌を歌ったのか。
メリーアンが連れて行かれた日に、どれだけの傷をその身と心に負ったのか。
「あんたは何も知らない」
昏い瞳でエドワードはロイを見た。己の非を認めることすらできないロイの内側の愚かな心を視た。


「俺はクラウスを救いに来た」
小さな錬金術師はその手を掲げる。
手に握られたのは、細い銀鎖のペンダント。
形も残さず燃え尽きた男の執念のように、この世に残ったただ一つのもの。
クラウスの魂をメリーアンの元へ。
ただそれだけを告げて、聖なる御遣いはきびすを返す。





ある町を牛耳っていた豪商が紅衣の死神に出会い、気が狂ったという噂をロイが耳にするのは数日後。つい先日出動した町での出来事なのに、焔の大佐は関心がないようだった、とファルマン准尉は記録する。だが彼の退室後、冷徹なはずの軍人は崩れるように椅子に座り、額を押さえる。
あの時。
あの焔が。
誰よりも優しい子供を死神にした。
誰よりも罪深きは自分。
だが、何よりも罪深いのは。

「傷つけるだけだと知りながら、君を手放せない私の弱さだ」




窓の外には、平和にウグイスが鳴く。


前半と後半のテンションの差が痛い(汗)。
「鋼の」からが後半ですが、本当は前半までで絵につける小話にしようと思ってたのですね。だから前半は唐突かつ描写がほとんど。But、うまく絵が描けなかったので書き足したんですが…。

エドが弱い!こういう感じにショックを受けるエドっていうのは、要するに心が弱いんです。原作のエドはこういう壊れ方はしないでしょうから…。もっと強いエドを書けるようにならなくては!
大佐は…まーこんな感じじゃないですか?(笑)




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