手紙

2006/05/14

ただ一枚の紙をちらつかせて、男は少し出かけてくると軽く言った。





「ふーん。いつ帰ってくるの」
この同居生活も2年を数えて、少年は長く伸びた三つ編みを背中で跳ねさせながらフライパンを振るう。
踊る金色のしっぽを見つめて軍人はその幸運に酔う。
「少し、長くなるかな」
「どこ」
一瞬の沈黙が、鋭すぎる少年に気づかせてしまう。
男は失敗を悟って口を閉ざした。
まだできあがっていないチャーハンの乗ったフライパンがコンロに戻される。火を消す手は静かだった。
「…ロイ!」
背中を向けたまま恋人の名を呼んで、エドは答えを待たずに目を閉じる。


「南、だ」
それはわかっていた答えだった。
「どうして!」
悲痛な叫びとともにエプロン姿のエドはロイに駆け寄り、紙を取り上げむさぼり読む。
だがそこにはロイの言ったとおりの事しか書かれていない。
ただロイの名と階級と、そして国家の名において南方勤務を命じるとだけ。
今南方軍に組み込まれるということ、それは。
「開戦するんだ…」
「長い戦争になるだろう」
ロイは見上げてくるエドの黄金の髪を手で梳いた。
なぜその顔には微笑が浮かんでいるのか、エドは眉を寄せてくそっと吐き捨てる。
「なんでお前が…」
「私は軍人だからね」
一週間後には出発しなくてはならないと告げて、ロイはやわらかくエドを抱き締めた。
「この家も引き払わなくてはいけないから、君をどうするか考えなくてはね。アルフォンスのいるリゼンブールへ帰っているかい?」



「…っ」
早急な話の進みについていけない。
その中で閃いたのは。
「こうなるとわかっていたから、俺を」
1年ほど前に国家錬金術師を辞めるように説得された。目的を果たした後も、黙っていても研究をしているだけで収入を得られる軍属は悪い生活ではなかった。そう言って続けていた彼を突然「生活のことなら心配しなくてもいい」などとプロポーズまがいのことを言って辞めさせたのはこの男だった。
もしいまだに国家錬金術師であったなら、今頃その紙を受け取っているのがエドであってもおかしくなかった。
「あの頃はそうと確信していたわけじゃない。ただ」
「ただ?」
「可能性だけで怖かった」
君を失う可能性だけで。
少年は力なく崩れそうになり、男に抱きとめられた。


戦場への召集というただ一枚の紙が、穏やかな生活を壊していった。


さだまさしは偉大だと思う。「あの人の手紙」という曲を念頭において書いたので、最後ロイは死ななくてはいけない(そして会いにくる)んですが、そこまでは書きませぬ。いや、ロイはまだ死なないから!それこそ半身不随になろうとも帰ってきてくれなくては。
まあ。ひどいけがでもそこそこなら、自分で止血しちまうと判明したので、大佐はなかなか死なないと思うんです!
ただ、エドが死ぬ可能性を考えてやめさせておいて、自分は戦場へ行ってしまうロイ。自分が失うのは耐えられなくても、自分を失うかもしれないエドに耐えろと言ってしまうロイは利己的で、そしてそれをお互いに自覚してます。正確にはロイは自分を忘れても何してもいいからエドに生きてほしい、なのですが。




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