Last View

2006/08/27

「一番いい人生というのは、後悔することなど何もなかったと言って死ねる人生のことらしいが」
同じベッドの中で2人で見上げた天井は低く、しみったれていた。





エドの旅先に男が仕事を放り出して押しかけてきたのはつい数時間前のことだ。お久しぶりです、と最近動じなくなったアルに、すまないがこれで今夜の宿を別に取ってくれ、と紙幣を握らせようとした男は、兄にスリッパで殴られた。
「出て行くなら俺らの方だろーが」
悪い、アル。
はるかに高い位置にある弟の顔も見れずに、男の手首を機械鎧で力任せに掴んでぐいぐいとひっぱっていく顔は真っ赤だった。男の顔はにへらにへらととろけて見苦しいほど。いったん宿を出て、別の宿を取る。案内されたのは、ずいぶんと薄汚れた格の下がる部屋だった。
ちょっと落ち着けよ、バカ。とベッドに座らせたら、そのまま腕を引かれて思わず流された。
今もけっして手を離そうとしない。どこか体の一部が触れていないと落ち着かないというように、接触を求める男に少年は閉口を隠せなかった。だが男のほうはその迷惑そうな顔もものともせず。





「そうなの」
「なに、よく言われる話さ」
だがね、と男はひどく楽しそうに話す。それはまるで狂ったバイオリンの調べ。ひどく不正確で調子外れが耳障り。
「死ぬ時に思い出してみて、もう一度この人生を生きたいと思うような人生こそが、もっともいい人生だという男がいてね」
「ふうん」
「どう思う?」
「どうって…感想は今言っただろ。ふうん、ってさ」
肉体を鋼に侵食された少年はひどく優しく穏やかに、そしてそっけなく答える。
二度と繰り返してはならない罪を背負った俺に、そういうことを言うのか?
もう一度繰り返せるとして、俺がまたあの過ちを犯すと思うとでも?
死ぬ時にそんな悟りきったことを言えるはずもない俺の人生は最悪だということだな。
だが、この男にそんな言葉は聞かせない。

「私はきっと後悔してしまうだろうからなあ」
後悔しない人生なんてそんな素晴しいものは知らない。
君に恋焦がれている私のみっともなさも、無様な敗北も守れなかった友も、全て後悔してるから。

黙って聞いていた少年の唇が、乾いてぴちと音を立てた。
死んだ男のことを持ち出すのは、よほど雲行きが怪しいとき。
人の心の機微に疎い少年は、ようやくこの男の壊れ方がいつもと違う事に気付く。いつだってこの男は壊れているから、いつだってこの男は狂っているから。それでいていつもはまっとうな常識人の仮面をかぶり、その仮面がすこしずれた時だって、ただいつもの酔狂なのか、それとも狂気と戯れているのか、本当に制御が利かなくなっているのかわからない。だから本当に崖の際にいる時に、気づくのが遅れる。


「それでも私は。後悔はするけれど、それでも」
「なあ」
なお言い募ろうとする男の言葉を遮った。
それでも、この人生を選択すると言うな。
俺との関係を肯定するのか。
親友の死を肯定するのか。
お前の精神に消えない傷を残したあの内乱を肯定するのか。
俺が犯した最大の罪を肯定するのか。
その全てを、過去に戻って正すことができるとしても何一つしないと、この男は言おうとしているのだった。

「そう言った男、死んだの?」
男を黙らせることができて、子供は満足した。


もちろん大佐は無神経で言おうとしたのではなく、その全てを肯定して言おうとしていました。
ただし、それをこの賢い子供が「大佐は無神経だから」と取るかそれとも「大佐はわかっていてそういう嫌がらせを言おうとしている」と取るかは、賭けだったと思う。どっちに取られてもいいと思ってるんだけど。どちらも真実なので。あー嫌がらせではない。愛です、愛。

退廃的な大佐。
ちょっとブルーな事件があって、それでエドにすがりたくなった。でもエドはそう簡単には救ってくれない。
その事件がらみで男は死んでます。死を看取ってしまったので、大佐もブルー気味。


実際の大佐はもっと前向きで、過去に戻って全てを変えられるとしたら、たとえそのことでエドが禁忌を犯すことなく、その結果自分と出会うこともなくとも、正義を行うことができる。それが大佐の強さだ。




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