時の忘れ人

>ちょっと今さら、な話、かも

2006/09/19

時間というものは否応ない圧倒的な力だ。流れだ。
逆らうこともできずに、全てはそこに在りながら押し流され、変質していく。
変わらないものなど何一つない。
がむしゃらな情熱も、美しい理想も、求めた光もどれ一つとして変わらずにはおれない。 目をそらしたはずはないのに、またたき一つしていないのに世界はそこに在るままに変わっていく。
ただ一つの例外を置き去りにして。

それに気づいたのはわりと早い時期だった。
「それ」はまだそんなに目立っては居なかったので、その時点で気づいていたのは片時も離れない弟、そして彼の師匠である錬金術師くらいのものだったと、男は後で聞かされた。






「大佐、こんにちわー。ってアレ、兄さん来てませんか?」
「いや、君たちが帰ってきているのも今知ったよ。お帰り、何か収穫はあったかい?」
男はノックと同時に開いたドアにも動じずに、やわらかい微笑を鎧に向けた。それは心からの笑みだった。彼がここに居る以上、愛しい黄金の輝きがそばに居るのは必定だったから、笑みがこぼれないはずもない。
鎧の巨体を少しでも小さく見せようとしてか、ややかがみぎみに入ってくると、彼は首を横に振った。


「残念ですけれど、今回も空振りでした。あ、でも大佐には面白いニュースがあるかも」
「君たちが先日ボーレルタウンで引き起こした騒ぎのことなら、耳に届いているよ」
笑ってちらりと書類を見せると、彼は肩をすくめる。
「あ、あれはちょっと失敗しちゃったんです。もっとうまくやるつもりだったんですけど、やりすぎちゃって」
「鋼のが、だろう?」
「ううん、僕の方が余分に怒ってました。兄さんは止めようとしてたんですけど」
「報告書には書いていない話がありそうだな」
「報告書に書くような話じゃないですから。…ただ、そのボーレルの件から出てきたんですけれど、ボーレルの南のゴチカって街が奴らの本拠地みたいで」
「本当か?そんな資料は何も」
言いかけてロイはアルを軽く睨んだ。


すみません、と素直な声でいうこの少年とその兄が隠匿したことは間違いない。
「錬金術師の手帳だったんです。押収されちゃったら読めないし、だから僕ら解読しようと思ってセントラルに戻ってきたんですけど」
どうも研究成果だけじゃなくてあいつらとの取引の予定みたいなのもあって、そのあたりから推察するにゴチカだろうって僕らは思ってるんです。



「……で、肝心のその手帳を持っている鋼のは何処なんだ?」
「えーっとたぶん図書館かな」
確認したいことがあるとか何とか言ってたんで、と言いながらもう鎧はずりずりとドアへと下がっている。
「あの、僕、呼んで来ます!」
「いや、人に行かせよう。君はここにいたまえ、アルフォンス君」
少し何かを考えながら窓の外をちらりと見下ろす男は、アルの方を見もせずに、君に一つ聞きたくてね、と言った。

「嫌なら答えなくてかまわんよ」
「何ですか?」
斬激は前触れもなく放たれた。
「鋼のの、爪が伸びなくなったのはいつからだ?」





やはりこの人は自分の知る中でもかなり頭がいい。
アルは改めてその認識を確認した。
観察力と洞察力が並外れているのだ。それは兄も同じだが、兄のそれが錬金術という一分野に特化されているのに対し、この男は常にそれがフル稼働している。29で大佐であるというのはそういうことなのだ。
「君に聞くのは本意ではない。だが、ね」
鋼の自身が気づいているのか、私にはわからなかったので本人に聞くわけにはいかなかった、と言って男は続ける。
「このままでは鋼のを国家錬金術師として軍に縛り付けること自体、危険になる」



「…驚きました」
アルは声だけで穏やかに微笑む。
「僕はあなたに気づかれる前に兄さんを軍から隠すシナリオをいくつか考えていたのですが」
それはすなわちロイとエドを引き離すという側面を持っている。なるほど、それならばこの弟に確認をしたのは正しかった。少なくとも何も知らずにある日、エドを失う、完全に。そんな結末は免れたのだから。だがこの危険な弟の動向にはこれからも目を配らねばなるまい。
「それでは私の手落ちとなるのでね。手駒の動きくらいは把握しておかねば」
ロイはいつものように偽悪的な言葉で、冗談に紛らせた圧力を掛けようとした。
だが。
「大佐のそういうところが僕は嫌いです」
一瞬虚をつかれた。
老獪な政治に長けた大人を相手にしているのではないことを失念していた。
「大佐には大佐の思惑が会って兄さんを利用している。僕らもそれは同様です。例えそれ以上の好意があろうとも、大佐はどこかで線引きをなさるでしょう。切り捨てられてからでは遅いので――こちらとしては」
「…ああ、もちろんだ。君からしたら、そうだろうね」
彼も言うように優位なのはロイの方なのだった。だが鋼の錬金術師と対峙していてその優位を感じたことはない。いつだとて自分は気圧されている。あの圧倒的な才知の光に。
奇しくも彼らの父親は「光の」と呼称されていたようだが、かの人もまた彼と同じ魅力を持っていたのだろうか。
そしてその才知は間違いなく弟の方にも受け継がれている。
こちらは兄のためだけに発揮されるのか?どちらにしろ偏った兄弟だ。ロイは片頬に皮肉な笑みを浮かべる。



「アレはいつを基準としているのかな」
「…どこまでお気付きなのですか」
「そうだな。恐らく彼の肉体時間は完全に過去の一時点に束縛されている。
爪も髪も背もその時から1ミリたりとも変化しない。
その定常状態からの相違が生じた場合、肉体は全力で戻ろうとする。あるべき姿へと」
髪が一房切り落とされればその部分だけ伸び、爪が欠ければそこだけ修復される怪我をすれば、異常な速度で治癒する。通常停止している全身の新陳代謝が、その時だけ全力で活性化する。
「あれほどの怪我で、なるほど回復が早いわけだ」
一人ごちるロイを横目で見たアルはふっと息を吐いた。
「…よく見ておいでですね」
「それは、まあね」
皮肉かどうか判別がつかず、ロイは曖昧に眉を上げてみせた。


「止まったのはあの錬成の1年後くらいです。それまでは髪の毛も伸びていたと思いますから」
「やはり錬成の影響だと思うかい」
意地悪な問いだとロイは自分でも思った。
「他に考えられませんから」
あの時やった錬成は二つ。人体錬成と魂の呼び戻し。定着に代価は必要ではない。人体錬成でアルの全てとエドの左足が失われた。そして弟の魂を呼び戻すために与えた代価はエドの右腕のみ。
後者のそれは前者に対しあまりに少なすぎやしないか。
もしも目に見えない何かが緩やかに代価として奪われていたのだとしたら。
もしも、それが。
エドの時間なのだとしたら。


「今はまだ、兄さんの成長が遅いということで冗談になります」
「いつか冗談にも紛らせられなくなる、ということだな」
あと、2年くらいはこのままでもいいだろう、とロイは続けた。だが18となるとさすがに皆おかしいと思い出すだろう。
「僕が鎧の体なのを本当にありがたいと思いますよ」
ああ、とロイは頷く。側に成長する比較対照がいてはまずいのだ。軍に成長期の子供は他にいないし、不変の鎧は時の経過をあいまいにする。
「鋼の自身はどう…」
「兄さんは気づいていません」
もしかしたら気づいていて事実から目をそらしているのか、あるいはその代償をもって得られた結果である僕には言うことができないのか。いずれも考えられるので、僕では確かめることもできませんが、おそらくは。
「そうか」
ロイは改めて自分を見下ろす巨体に向き直った。
「では、我々は同盟を結ぶ必要があるな」
アルはそのあまりにはつらつとした笑顔と言っている内容が結びつかずに、ただ「はい?」と間抜けに聞き返した。


エドを手中から逃さないために、弟の独自の動きを牽制できると踏んでご満悦大佐。
エドのエネルギーが門内アルに行っているとかいう話が出る前に考えてた話。
あれが出たとき、あちゃーと思いました。やっぱ原作は偉大だ。
と、それはともかくお蔵入りももったいないので出します。




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