忘れなの歌

2006/12/14

転居のごたごたで隅に放り出してあったそれに、少年が興味を示したのは珍しいことだと言えた。確かにこの少年は多くの分野に興味を示すが、ハナから見向きもしないのが唯一音楽だったからだ。
芸術ですら(余人には理解不可能とはいえ)、ある意味先鋭的な感覚を示すというのに、音楽は理解しようともしない。嫌いではない、はずだ。興が乗れば鼻歌くらいは歌う。だが根本的に興味がない。

その彼がなぜそれに手を伸ばしたのか。
「なあ、あんた弾くの」
ぴろぽろぽろんとさりげなく、だが明らかにぎこちなく音がした。
弾くから持ってるんだ、とは言わなかった。
「最近は埃をかぶらせてたが、昔はそれなりには…」
へえ?と信用してないといわんばかりの返事をするエドの手から、ギターを取り上げる。
ぽろぽろんとかき鳴らした音は男の気に食わなかったらしく、軽く音あわせをする。その様を珍しそうにエドは見守った。

「得意なの弾いてよ」
ロイはにやりと口元に笑みを作ると、鼻歌を歌いながら軽くかき鳴らした。エドでも聞いたことがあるような気がするのだから、かなり有名な曲なのだろう。原曲はもっと物悲しい曲調だったはずだが、ロイが大雑把な弾き方をするせいで明るい跳ねるような曲になっていた。

「何の曲?」
「知らない、のか?」
嫌味ではなく本当に驚いたらしい。それじゃあやっぱり有名な曲だったんだ、とエドが言うと、知らないやつがいようとはな、と頭を振る。
「何の曲?」
同じ質問を繰り返すと、男は鼻にしわを寄せる。

「…恥ずかしいくらい甘い恋の歌」
昔ヒットした映画があって、その主題歌だ、と男はその顔のまま説明する。身分や運命のいたずらに引き裂かれ、何度も何度もすれ違う男女の物語で、最終的にはハッピーエンドなんだが、その中で男が女を思って歌う歌。
知っているだろうと思って鳴らした曲だった。だからその選曲は笑えるはずだった。
「…許されない思いはただこの胸の中に、とか」
知らない、のなら、それは。
彼がそれを知らないのなら、これは告白にならないか?
秘めた想いの、危うい関係の。


「ちゃんと弾いてよ、最後まで」
クッションに体を沈めた少年が続きを促す。
目を伏せたまま、男は奏ではじめる。
今度は原曲に忠実に。
全ての邪な思いを頭から閉めだして。
それでも漏れしのばせる何かがあるのではないかと、
勘の良い子供が何かをその耳にすくいとるのではないかと
ただおののいて、爪弾く――。









もちろん大佐やらそこらの男どもがこれを弾けるのは、女性を口説くために頑張って練習したからです。エドはそういうことには気づいているだろう。
でも大佐がエドへの思いを秘めてたりとか、こんな見透かされたような気分でぞくりとしていることなど全然気づいていないのがエドだと思う。
仕組みやからくりには興味を持つ。因果関係は見通しやすいし、それに付属する感情の動きなら簡単に見透かす。でも、こういう説明のつかない感情やわだかまりについては、信じられないくらいに無頓着。

大佐はエドのそういうところをまだ読みきれてないな!
という青いロイ→エドです。


当初はギャグになる予定で、エロティックに大佐がエドに指導してみたり、 Fの壁を越えられないエドが、右手でコードを押さえたりするアホっぷりだったはずですが…。










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