幸福の代価-04

2007/01/29

目の前に現れた真理の扉。真っ白な世界の中で、エドは扉に手をかける。
今回は、あの番人はいない。
代償を請求する番人は、賢者の石の前には姿を消す。
さあ!
エドは力任せに扉を引きあけた。
その瞬間、世界が崩れた。



扉の形に開いた手のまま、エドは歪んだ世界を見る。
ある男が商売で大儲けし、栄華を極めている世界。
彼は現実では通りでホットドッグ屋台を引いている青年。
ある子供の、白い屋根の家で優しい両親に囲まれた生活。
それは路上で生活している子の夢の世界だ。
女は恋をかなえていた。愛した男との生活。だがその男は3年前に事故で死んでいる。

ああ、これが箱のもたらすものか。
箱に残っているのは、希望。それは人を完膚なきまでに降伏させる夢の王国。
けして現実では叶わない、最悪の悪夢だ。



エドは再びレスポールの聖堂の前に立っていた。
全く崩れていない聖堂。
どこから夢に取り込まれていたのか。
あの聖堂での戦闘は夢か。
アル。アルは、いない。あれも夢だ。
エドは神の光の溢れる場所に足を踏み入れた。





ロイはエドを抱き締め返した。
しっかりとその感触を忘れないように。
そして目を開ける。
怒りに昏く燃えるその目を。
「…ふざけるな」
エドが、鋼の錬金術師がそんなに簡単に諦めるわけがない。
どんな時でも彼は諦めない。
自分のことで彼が足を止めるはずがない。
そんなのは私の知る鋼の錬金術師エドワード・エルリックではない。
人の心の知られたくない部分を晒して、これがお前の望むものだと押しつける。
けしてありえないからこそ夢見るものを、こんな形で穢す。
ぎりぎりとロイは歯ぎしった。
唐突に足の傷が痛み出す。
ふざけるな!
脂汗がにじみ、体の自由が利かなくなってくる。
支配から逃れようとした途端に束縛を強める悪夢を、ロイはあざ笑った。
しょせんお前はまがい物だ。
私は、お前を、望まない!

ロイは幻想のエドを突き放し、立ち上がった。
砕かれたはずの右足はロイの体重を支えた。
突き飛ばしたエドは、地に倒れる前に消え失せる。
自分を囲んで立つ怪物たちに、炎の錬金術師は焔を放った。
轟音がとどろき、世界を燃やし尽くす。
炎が消えた後、ロイは聖堂の前に立っていた。
幻痛がいくらか支配する右足を引きずって、ロイはその中に足を踏み入れた。





ちょうど祭壇の前でエドが箱のふたを閉めるところだった。
「鋼の」
ゆっくりと振り返ったエドが間違いなく本物だと見てとって、ロイは悪夢から抜け出したことを確信する。
「封印、これでいいんだろ」
ただ、箱のふたを閉じ、けして開かないように溶接するだけ。
それだけでこの災厄は封じることができる。
これは間違いなく兵器だ。
パンドラの箱を作ったのが誰だか知らないが、それは確実に制御されている。以前の発動すれば箱を閉じるまで被害を拡大し続けていたものとは違い、今度は限局的に被害を起こすなど、改良も加えられている。これは放置されたものではなく、間違いなく製作者と頒布者がいる。
その悪意にまみれた意図を感じ取って、ロイは吐きそうになる。
ホムンクルスの製造者とは違う、捩れた悪意だ。



「大佐はあの夢から自分で抜け出したんだな」
エドは両手でその箱を包んでいる。
「くだらない、夢だった」
ありえない。思い出すだけで口中に苦味が広がる。
あんな夢をエドに告げる気は全くない。それを一瞬でも望んだ自分自身も。
「俺、最低だ…」
エドは箱をロイに押し付けた。
俺は最低の錬金術師だ。

ロイは聖堂の椅子に腰掛けてエドの夢を聞いた。
「パンドラの箱の夢でさえ実現できない夢を望んだ…か」
だからこそエドの夢は自壊した。
エド自身が抜け出したわけではなく、夢の方が壊れた。
「わかっちゃったんだ。俺はたとえアルの体が戻っても、俺の手足が戻っても、それでもいつかまた」

禁忌に手を出す



俺は夢の中であんなに幸せだったのに、それなのに。
「バカな事を言うな」
ロイはエドの頭をぐーで軽く殴った。
「あれは箱の悪夢だ。歯止めが効かない状態で巧妙に作り出された夢だ。現実とごっちゃにするな」
ロイの夢の中でエドが死を望んだように。
「夢見てる本人に何もかも都合よくできてるんだ。実際はお前がそんなことを考えてたらすぐに弟が気づくし、幼馴染も止めてくれるだろうが」
「そ…そっか」
頭を押さえてエドが顔を上げる。
「くだらない玩具だ。だが大抵の人間はこのぬるま湯の幸福から抜け出せずに衰弱して死ぬ」
「そうだ、街の人たち!」
「箱を封じた以上いずれ目覚めるだろうが、衰弱しているだろう。病院に運ばせなくては」
いずれにしろ、外に連絡だ。行くぞ、と立ち上がったロイの右足の痛みは消えていた。






「いいの、ラスト。あれを回収するのがお父様の命令でしょ」
「いらないわ、あんなもの」
不意に横に現れたグラトニーにも驚くことなく、ラストは首を振り立ち上がる。
ホムンクルスは夢を見ない。
だがパンドラの箱はホムンクルスの夢を実体化する。
結果、悪夢の町に降り立ったラストは自分の夢を客観的に見せられた。
その中に溺れることも叶わず、ただ映画のように自分が出演する夢を展開される。
誓って言うが、あれは自分たちとは関わりない。
あれの実在を知った主に回収こそ命じられたが、あんな悪趣味なもの。
「お父様はいらないとおっしゃるわ」
グラトニーを置いて、ラストは飛ぶ。

――あれは、人の領域だ。


…あー書きたいのは、エドとの死を夢見る大佐と、絶望的なまでに心の底から錬金術師なエドだったのですが。
パンドラの箱はちょっと説明不足か…?
もうどちらかというと超文明の遺物あたりで!それを研究して類似品を作っちゃった錬金術師がいる感じで。お父様あたりは関与してません。ちょっと興味を持ったので、ラストを派遣したみたいな。

ギリシャ神話のパンドラの箱はなぜ全ての災厄と希望が詰め込まれていたのか?それは希望こそが最後の、最悪の災厄だったから。
という話で書いたつもりだったのですが、書いた後で調べたら、最後に残されたのは「未来視」でその能力を解き放たなかったために、人は未来にくる災いを知ることもなく「希望を持っていられる」という話らしい。
初めて聞きましたが…。ソースはwikiです。




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