黒鴉

2004/02/09

くだらない話を思い出した。
自分より頭一つ小さい少年を腕の中に囚えたまま、彼が呟く。
抱きすくめられ、頭上の顔を仰ぎ見ることはできずとも、その声が苦い笑いに色取られているのはわかる。
「…たいさ?」
「西の愚か者の話――太陽に向かい翔んだ男」
知っているかいと問われ、知ってると答える。
太陽に近づきすぎて。
蝋で固めた羽根。
高く飛んではいけないと言われていたのに。
太陽は美しすぎて。
「まるで、そんな気分だよ」
囁き、髪に顔を埋めてくる。首の後ろで結んだゴムが外されるのを感じ、少年はくすぐったげに首をすくめた。長い指がすくい上げるように梳けば、くせのつかない髪はさらりと流れる。それをかきあげて、首の後ろに唇を落としてくる。
少年がなすがままになっていたのもそこまでで、少年は大きな背中に手を伸ばす。



「太陽に手を伸ばすのは罪じゃないだろ」
罪。
その言葉の意味を身をもって知る少年は、男の鎖骨を舌でなぞった。
「罪ではないけれど―」
「けど?」
「けれど、焼き尽くされるのはこっちだ」
太陽は本当に身勝手で、こちらの躰のことなど考えてくれないから。
あからさまに太陽の話ではなくなってきた口ぶりに、少年はちらりと下から睨む。
「後悔?」
「いや」
即答された答えに金の瞳が一瞬大きく見開かれる。そして満面の笑み。

黄金の輝き。沈むことのない太陽。
太陽は今、この手の中にあるというのに、何を後悔する?



「――じゃあ、東のお話」
ん?と聞き返す男の頬に、鋼の右手が触れた。そっと、優しく。
太陽の中を飛ぶ鳥。
3本脚の鴉。
漆黒の羽根は太陽に焼かれた者の証。

「焼かれ、それでも焼き尽くされない。太陽に触れたくらいじゃ、燃えたりしないんだ…」
「……私はカラスか…?」
嫌そうな呟きに、少年は憤然とした。
「普通のカラスとは全然違うんだからな!神の使いなんだぞ」
「3本脚ということは、もも肉が3本分取れるのか?」
「――そこらのカラスとか食うなよ」
腹壊すぞ。げんなりとして言った少年は、高い机の上に腰掛けた。
「私の羽根は黒いのかな」
「…黒いだろ、そりゃ」
もー真っ黒だよ。権力欲とかー世俗の垢とか―。
軽口を叩いて、頭を引き寄せる。こうやっておとなしく頭を左肩にもたせかけてくるところが好きだ、と不意に強く少年は思う。
まっすぐな髪の毛に衝動的に口づける。


「黒いけど、しなやかで、強い翼だ」




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