And I run up to the Phone Booth

2004/02/24

「うー…寒っ」
冷えた躰をさすりながら、濡れて重くなったコートを脱ぎ、壁に掛ける。
「兄さん、お湯貰ってきたよ」
気のきく弟が湯気のたつたらいを持っているのに、うわ、助かる!と声を上げる。
きゅっと固く絞られた熱いタオルは凍り付いていた顔をあたたかく溶かす。
「う―もう3月も終わりだってのに、雪が降るなんて反則だろ―!!」
「仕方がないよ、兄さん。だってここは北部だし」
東部とは違うよ、と弟は続けた。


自分たちの故郷は実のところ比較的住みやすい地域だったのだ、とこの旅で知った。
この国は思っていたよりも広大で、そして複雑だった。
侵略にとって拡大された国土。軍への反発、内乱の火種はそこら中に転がっている。そもそもの国土であったのは東方と北部の一部でしかなく、それはつまり、後は南西へと進攻していったということなのだ。
東方も決して良い土地であったとはいえない。砂漠に隣接し、常に砂漠の侵食を恐れる。それでも治安は悪くなかったし、土壌も長い年月を掛けて少しづつ良くなっていった。もっともその砂漠の脅威こそが、軍を南西へと向かわせたとも言えるのだが。
北部が南部や西部に比べて比較的良く治まっているのは、その気候の厳しさゆえだ。厳しい自然に耐え忍ぶことを知っている民は、軍にも目立って反抗する気配はない。

けど――。
と、年若い国家錬金術師は考える。
それは卑屈に頭を垂れているのとは違う。彼らが一度立ち上がったならば、きわめて粘り強い強大な勢力となって軍を脅かすだろう、と。
それこそ、北にそびえるあの峻厳な山々のように。


感じたのは、この国の危うい均衡だった。




「ね、その手紙急ぎじゃないの」
どっかりと椅子に腰掛け、まだ温かいタオルを顔に引っかけていたエドは、んーと言いつつ机に置いたそれを見る。
「どうだかなあー」
それは宿の女将に下で手渡されたものだった。自分たちをただの旅人、それも金払いの凄まじく良い旅人だとしか思っていない女将は、「あんた、こんなものと関わりあいになっちゃいけないよ」と心配げに言ったものだった。しかし、もう引き返せないところまで深く、頭の先までどっぷりと関わっている身としては苦笑するしかなく、「ちょっとワケアリで」などと理由にならない言い訳をごにょごにょと口にし、逃げるように部屋へと上がってきたのだった。
鎧の大男と15歳の子供では、ワケアリなのは一目瞭然なのだが。


「全く、こんなところまで追ってきやがって」
つまみあげたのは、やや大判の白い封筒。御丁寧にも軍の紋章入り。宛名はエルリック兄弟。差出人は。
「でも、どうやったのかな。ぼくらがここにいることまでわかってるなんて――」
「軍の組織力なら軽いもんだろ。基本的に移動は鉄道だし、駅の乗降記録とか。ああ、この間銀時計で金引き出したし。ま、そんなトコだろ。しかし、手間なのは確かだな。暇なことで――大佐も」


差出人に名前はなかった。しかし封筒の裏、隅に書かれた赤い三角と蜥蜴。
「―開けないの?兄さん」
「うーん、名前を書かなかったのは、機密文書だと勘違いされて狙われるのを恐れたためか。内容がそれほど機密性が高いとは思えないしな。錬金術関連の資料なら、誰かに直接持って来させる事はあっても、宿のおばちゃんに預けるなんて考えられねーし……そう考え始めると、この火蜥蜴も本当に大佐かどうか…」
封筒を光に透かせてみたが、封筒とほぼ同サイズの紙が入っていることしかわからない。
「開けずに内容を確かめられないかな」
「んもう、兄さん!」
「あーわかったよ!開けりゃァいいんだろう―もう!」
声だけは威勢が良かったが、いざ封筒に向かった兄の手つきはおそるおそるとしか形容のしようがないものだった。


ペーパーナイフを差し込み、息を飲んで見つめるアルの前でぴりと紙の破れる音が響く。
ぴり ぴり ぴり
引っ張り出されたのは2つ折のカード。ずいぶんと分厚く手触りの悪い紙だ、とエドは思った。
「…フォー ユー?」
ごく普通の決まり文句に気を抜かれた気分で、エドは薄ピンクのそれを開いた。



ぽん



軽い破裂音と見慣れた錬成の光。
たいした音ではなかったが、歴戦の錬金術師にとっさにそれを放り出させるくらいの効果はあった。弟は、そのまま尻もちをつきそうになる兄を咄嗟に支える。
「あだッ」
後頭部を硬い鎧に打ちつけ、小さな兄はうめいた。
いてて、と見上げた金の瞳は、ゆっくりと大きく見開かれた。
「………」
声も出なかった。
手から吹き飛んだカードが天井高くからまき散らす薄いピンク色の。
――雪?
呟くと、兄さん違うよ、とアルも呆けたような声で応える。
ゆっくりと舞い散るそれは生身の左手で受けても溶けはしない。
それは。
「そうか――向こうはもう咲いてる頃か」
「そうだね。東方司令部の前の…」
あの、桜並木――。




桜のショーは1分もたたずに静かに終わり、カードはぽとりと床の花弁の上に落ちる。
エドはそれを拾い上げる。はじめ分厚いと感じたそれは、内に秘めた花弁を放ち終え、すっかり白く、薄くなっている。
そこに描かれていたであろう錬成陣はもはや跡形もない。代わりにその下には見慣れた流暢な筆跡で書かれた短い文章。
「大佐、何て?」
「んー。少しは楽しんだかってさ」
「すごいよね!ねえ、兄さん。どう思う?桜の花びらの錬成!それも紙から!」
「逆じゃないのか?桜の花びらから紙を錬成して―」
「あ、そっか。それを再生――ちょっと不自然だったものね、あのカード。錬成陣の発動のタイミングは――光かな。やっぱり」
ぼくも試してみよう、と机に向かいなにやら計算を始める弟。
良くも悪くも俺たちは錬金術師なのだ、と兄は笑う。
そっと押さえた薄いカードにはまだ文章が続いていて。




「アル―ちょっと俺―…」
小声で言うのに弟はすっかり気付かない風で、なにやら呟きながらペンを動かしている。それならそれでいい、とこそりと部屋を出て行こうとする。
「あ、ぼくからもよろしく言っといてね。兄さん」
ドアを閉める直前に部屋の中から聞こえた声に、う、とエドの背中が伸びる。しっかり者の弟に限って、そうそう都合の良いことは起きないのだった。
(しかも、ばれてるし)
うーと下唇を噛んでみたが、心のどこかが浮き立っている。
声を聞くのもずいぶんと久しぶりだ。
一度帰ろうか、と唐突に思った。
帰り着くまで、桜は待っていてくれないだろう。だがあそこには待ってくれているものがある。

開いた手のひらには、桜の花弁がひとひら。



『 新しい錬成陣の首尾を報告するように 』



エドは電話を掛けに行くのですよ。
最後の一文はずいぶんと直接的なセリフじゃあるまいか…と思うんですが、どうなんでしょう。
その一文をアルに言えないエドって、意識しすぎですか?
要するに声が聞きたい、と言ってるわけだし(え、違う?)
もー大佐、かわいいなあ。
むしろ我慢比べしてたくらいの気分で! おそらく6ヶ月ほどエドは東方に帰ってませんよ…。


もう私もかなり割り切って錬成シーンを描いてしまおうとか思いまして。
錬成のメカニズムとか考えても仕方ないよね!あの世界はこの世界とは物理的法則が違うんだよ!
質量保存の法則も同じなのは名前だけで、きっと本質は違うんだよ。
うん、難しく考えてはいけない。きっと、そう。

意外と長くなっちゃったな…
つか、これって爆弾とかも仕込めるな…とか思ったり。
大佐はエドには言わないけれど、そういう方面への転用を考えて開発された錬成術だと思う。




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