消失点

死にネタなのでこちらに

2004/06/05

やあ、と片手を上げかけて、嫌な予感がした。こちらに気づいているはずの赤いコートの少年は、なぜか顔を上げようとはしなかったから。
瞬きほどの瞬間、長い前髪の間から、髪よりも深い金色の瞳がぎらついているのを目にして、咄嗟にまずい、と思った。感じたのは、身の危険。戦場で感じたような、それ。
だが、跳ねるような一歩で懐まで踏み込んできた少年に、発火布に包まれた右手をポケットから引き出す気にさえなれなかったのは、なぜだろう。

無防備に、あるいは抱きとめるように。
捻りこまれた拳に意識が飛んだ。



悪夢に似た、深い眠りだった。
意識を飛ばしていたのは、はたしてどれほどの間なのか。動かすのが億劫なほどの体の重たさは、薬かあるいはそれに類似するものの存在をほのめかしていた。目に痛い光は空気の温度からしておそらく西日なのだろうが、それが果たして連続する一日なのかすらわからない。
見知らぬ場所で、見知っているのはただ一つ。
自分に圧し掛かるようにしている、金色の髪。

「…何を」
声はひどくかすれていて、吸い込んだ乾いた空気に思わず咳き込んだ。
「ああ、もう」
感情を含まない声が呟いて、素肌をかたい指先が擦る。くすぐったいと感じたが、身をよじるのすら億劫だった。それにこれは愛撫などではなく。

知っているのはこの少年だけではなかった、と思考が流れていく。鼻孔が捉えた匂いもまた、よく知っているものだ。
見下ろせば、ズボンから引き出されたシャツが無造作にはだけられていて、裸の胸に―。





目を閉じる。頭を壁に預け、
「何を、している」
今度は最後まで咳き込まずに言えた。けれど、彼を行動で拒否するような力は体のどこにも残っていない。

「理論は、完璧だ」

吸い込んだ空気と同じくらい乾ききった言葉。



どこに行き着いてしまったのか。
あるいは、どこに行こうとしているのかと問うべきか。
彼の目指す道に到達点などないのかもしれないから。
不意にそんなことを思う。

自分の胸に描かれた錬成陣は、理解の域をはるかに越えていた。断片的に見覚えのある部分もあるが、それは従来彼が使ってきたのとはまったく違う文法で使用されているらしかった。
何か、また一つ突き抜けたらしい、とそう思う。
彼の言う「真理」とやらの断片に辿り着いたのか。


――だから、「辿り着く」という表現は正しくないのに、とまた思考は堂々巡りする。


彼の左手から流れる血は、鋼鉄の指ですくい取られ、自分の胸の上で意味を成す。
「――何を」
億劫になってそこで言葉を切るが、その意味を彼は正確に理解する。あるいはこちらの言葉を聞かない彼の独り言がただ答えになっていただけなのか。
「あんたから、錬成しようと思って」
アルを。


また失敗して、俺はまた一つ真理を得た。
だから、理論は完璧で、今度こそアルを戻せるんだけど、材料が足りないんだ。


ああ、そうか。
不意に胸にすとんと落ち着くものがあった。君の変調はそれがゆえか。再度の試みは、またも。そして君は最後の砦すらも失ったんだ。

君は到達してしまったんだ。

悲しい思いでその頭を見下ろす。彼が目を合わせようとしないのは当然だ。彼はもはや、私の知る彼ではないのだから。
君は辿り着いてしまったんだ。
ここが君の終点だ。

君はもう先へ進めない。
弟を失ってしまった君には。

「やりたまえ」
再び眠りに落ちるように、呟いた。




エドが大佐を材料に選んだのは、アルと等価交換できるようなものが他になかったからなのですよ。
一度目の人体錬成で母親が不完全ながらもこの世に現れたのは、アルという、エドにとって母親と同じくらい愛情を感じる相手を差し出したから。ならばアルを呼び戻すには、その感情の代価としては大佐しかいないんじゃなかろうか。

エドは確かに母親を錬成するのに失敗したときに、これはやってはいけないこと、ヒトの手の届かないこととして、きっぱり母親を錬成するのを諦めたかに見えた。
だが、本当に。
本当に、人体錬成の方法を知ったとして、それを試さずにいられるのか。
それも、死者ではなく、完全に魂もろとも「持っていかれた」アルを呼び戻すためであれば。
死者の再生はしてはいけないけれど、アルは死んでない。そんな理屈でエドは再び人体錬成を行おうとするのではないだろうか。


…私は等価交換には主観が入っていると思うの。
単なる物質の変換ならばともかく、魂の錬成のような問題にはどうしても術者の主観が入るはず。魂の代価として差し出せるのは、術者にとってそれと同等の価値を持つものであるはずで…。
うまくは言えないけれど、エドは大佐に対して、アルに対するのと同じくらいの愛情を感じているはずで、その二つは決して同じものではないから交換可能ではないのだけれど、アルを失ったエドの沸騰した頭なら、それを混同してしまうことくらい容易だろう。
大佐はその違いを知っているから、エドに誤りを指摘して錬成を止めさせることができる立場にいるんだけど、大佐はエドがアルの代価として自分を選んだというその事実にただ胸いっぱいで(トキメキ☆オトメだから)、エドの暴挙を止めようとはしない。
大佐はエドの再度の錬成が失敗するだろうことを知っていて、つまり自分が無駄死にするだろうコト、それからエドも今回ばかりはただではすまないだろうということも全てわかっていて、それを受け入れるのです…よ。



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