現状維持

アイ→ロイに見せかけて、全然違います。結局エドロイ。

2004/07/04

今の自分が寝るとしたらこの男しか考えられない、と黒髪を見下ろしながら考えた。


その上司の横で積み上がった書類を仕分け、次々と出される指示を書きとめ、的確な質問と提案で補完する。そうこうしてる間にも、フュリー曹長やハボック少尉が新たな書類を抱え、いくつかのメモとともに現れる。
「タンゼルスの大規模ストライキに関して…」
「大総統の視察前には解決させろ。ただし軍の出動は認めるな」
「ロコの町で指名手配中の活動家を逮捕したという情報ですがね、どうも他人の空似じゃないかって」
「またか!そんな報告はいらんと怒鳴っとけ。もっとまともな話を持ってこい」
「全く、もっとまともな書類を見たいものですね。大佐、これ読めませんので書き直してください」
「…はい」






結局のところ、とリザ・ホークアイは大佐へと渡す書類に補足のメモを留めつける。
それは世間一般で言われるような愛ではないし、受付の女の子たちのように熱に浮かされているのでもない。ただ、抱かれて良いと思う人間は今この男しかいなくて、そしてそれは男女関係という意味ならば自分の中で最高の評価だということ、それだけだ。他に何の意味もない。
「至急の分はそれで終わりですね。あと、数刻で商工会議所にて会議ですが、それまでにこちらを」
渡したものには今回の議題の要点がまとめてある。
「ああ、すまない。お礼と言っては何だが、その後食事でもどうかね」
「あいにくと今日は先約が」
にっこりと笑った笑顔は絶対零度の冷たさで拒絶の意を示す。

たとえば、私が感じる感情とこの男の誘いに乗ることは全く別問題で、はっきり言って論外でしかないと、そういうことだ。






あー終わった、終わったァと大きく伸びをしながら執務室を出る部下は、本当に大型犬のようだ。
目の前を覆い尽くす大きな背中を見ながら思い、思わず笑みがこぼれていた。
「どうしたんスか」
疑い深い目で見られ、ああ、ごめんなさい、たいしたことではないの、と並んで廊下を歩き出す。

そういやァ――とくわえタバコの部下は、何でもない世間話のように口を開いた。
「大佐とエドって錬金術の話しませんね」
「あら、そうかしら」
よけいなことに、気がつく男だ。
「そうっスよ。大佐はエドのために本とか集めてるみたいですけどね、その内容についてつっこんだ話をしてるところなんて見たことないですから」
「…そうね」
知らないわ、と答えるのも不自然かと思い、そう答えた。
「何でですかね」
「さあ」
そんなことまで知っているのは逆におかしいだろう。リザの興味なさげな返答に、ハボックはくいとタバコを上向けた。
「避けてるのはどっちですかね」
「……さあ」
「偶然でしょう、とは言わないんですか」
舌打ちしたい気分をこらえた。
「両方じゃないの」
ハボックはリザを見下ろした。見上げた視線が絡む。にこりとして部下はタバコの灰を落とした。
「俺もそう思います」





リザには錬金術に対する知識はほとんどない。細部を削ぎ落とし曖昧に図式化され、おおまかな丸で描かれた錬金術の概念図。理解、分解、再構築?その程度だ。
それでも大佐とエドワードの錬金術の根本的な違いはわかる。
その融通の利かなさ。
応用のできない術。
明らかに――彼のは違う。
『錬金術師である必要がなくなったんだ』
そう言われた時のことを思い出す。熱に浮かされたような目で、彼は自分にではなく虚空に向かって喋っていた。

「体がふるえたね」
あの時、あれを見た時。
私は錬成陣を読み解くのは得意な方でね―…見た瞬間にわかったんだ。あれが何を意図したもので、何から何を造ろうとしたのか。けれどあの美しさは誰にも説明できない。全ての要素がお互いを満たし、補い合っていた。表層的な意味、隠された第2の意味。そしてそれは全体として第3の意味を持ち、さらに…。
錬成陣としてあるべき姿だった。

「ひかりを見てしまった気がするんだ」
だからね、私はあの瞬間、自分が錬金術師である必要はなくなったと思ったんだ。

私はもはや焔を操るただの術者だ。焔なんて錬成陣一つと発火布でいくらでも生まれてくる。私はそれ以外の錬成を必要としなくなったんだ。
錬金術師は皆、真理の門への苦難の道を歩きつづける宿命を負う。真理を追究しつづける、その最先端を歩きつづける、それこそが錬金術師の望むものであり、存在理由だ。
けれど、私は彼を超えられない。彼は常に私の前を歩く。そういう才能だ。だから、私は自分が錬金術師である理由を失った。私は彼の背中を見守りつづけるだろう。私は彼という才能を見出した、そのことで錬金術師としての使命を果たし、自分の錬金術師としての使命を彼に託すことで、自分の道を閉ざしたんだ。

焦点の合わない瞳で言葉を垂れ流す男は、この国の頂点を目指す、とリザの前で初めて口にした。




あれは兄弟に出会って一年後、鋼の義手義足で現れた少年が、国家錬金術師になると宣言した日のこと。
それを聞いて初めてリザはこの男の変貌の理由を知ったのだった。
自分の上司として現れた、イシュヴァール戦線での多大な功績により中佐へと昇進した男は、日常の実務では無能の限りで、あくびばかり繰り返していた。それが、ある時からなぜか、人が変わったように仕事に打ち込み、次々と中央の喜びそうな実績を上げ、あっという間に大佐へと昇進してみせた。今思えば、確かにそれはあの兄弟と出会った頃だった。

変貌の理由は。
錬金術師たることを止めたからだったのか。
錬金術師よ、大衆のためにあれ。
その不文律に縛られることを止めたからだったのか。
そして、きっと。
軍人としての地位が必要だと知ったからなのだ。自分の理想のためにも。……彼のためにも。




腹立たしくリザはコーヒーカップを置き、窓辺へ歩み寄る。
白いレースのカーテンを少し引いて見下ろす休日の街路は、いつもと変わらない静かなたたずまいをみせている。犬を連れた初老の女性が散歩しているくらいのものだ。
大通りから一本入っただけなのに、とても静かなのを気に入って、当面の住まいをここに決めた。
あの男はとうの昔に悟っているのだ。あの金髪の少年に、手が届かないということを。
錬金術師としての才能だけではない。
あの子供は、子供の外見と子供っぽい直情さを持ちながら、既に一人前の男として自分の道を持ち、まっすぐに歩いていく。

大佐に目をくれることなどなく。

そのはずなのに。

どこで歯車が狂ったのか、道が交差してしまったのか、何の気まぐれか。
リザは溜息をついた。





「あー俺、ちょっと中尉の気持ちわかっちゃったな」
「私の気持ち?」
穏やかな微笑みとともに、ティーカップを少年の前に置く。
「うん」
毎度のごとく、唐突に姿を見せた少年は、執務室にその主がいないことにもそう落胆した表情を見せず、そのかわりにちゃっかりとソファに居座っている。
横には積み上げられた本。
こういう事態を予想して、先に図書館へ行ってきたらしい。――彼の学習能力を誉むべきか、それとも自分の上司の学習能力のなさを嘆くべきか。
「やっぱああいう人間ってさ…誰かのフォローが必要だよね」
少年はカップを口に運ぶ。
「――でもエドワード君は」
「ん?」
無邪気な顔を向けられて、一瞬迷う。軽くしていい話かどうか、判断がつかなかった。
「エドワード君は私と同じ道は選ばないのでしょう?」


「今、俺に選べるような道はないよ」
ゆっくりと彼は言う。
「そうね」
鋼の義手義足。体の全てを失った弟。
「それに、これくらいがちょうどいいんだ、俺たちには」
俺と大佐って似すぎてる所あるから――あまり近いとキツい。
冷静にそう言う。
「だから、その分中尉のこともわかるんだ。大佐がどんだけ中尉に迷惑かけてるかとか」
笑う顔はやはりどこか大人びている。


「大佐のこと、頼むよ」
俺が言えるセリフじゃないけどさ。
と、ドアが開き、後ろめたさのかけらもない男が、やあ、来ていたのか、と嬉しそうな顔をする。
「それじゃあ、今日は市中見回りの後、直帰ということで…」
「大佐!」
「大佐―…。あんた仕事しろよ」
俺待っててやるからさ、と隣の本の山を叩いて見せたエドに、大佐は仕方ないと首肯する。
助かるわ、エドワード君、とリザは気づかれぬように小さく頭を下げた。


この少年も嫌いになれない。
今のままで別にかまわない、とリザは思った。
「とりあえず、これだけは今日中にお願いします」
二山を指し示すと、さすがに上司がつぶれたような声を上げた。


ヤバい。けっこう生身の女なリザ嬢も好きだ。
大佐のことは好きだけど、大佐が自分のことを愛してはいないことを知っているから、自分の感情は見せない。そんな線の引き方が良いと思う。


いろいろ書きたかったネタを羅列しているだけに等しいんですが…。
●大佐はエドに一目惚れ。
●つか、大佐ってエドの才能に惚れたのか、それともエドという人間そのものに惹かれたのか、自分でも区別ついていないっぽいよね。
●あ、しまった。大佐はエドに錬金術師として敵わないことを知っているから、エドとはそういう話をしない。エドも自分の中の大佐のイメージ(ほぼ全能の人間>性格除)を壊してしまうのが怖くて、大佐とはそういう話をしない、というのを入れ忘れた。
●エドは中尉の気持ちがわかると言ってはいるけれど、全然わかってないよ。
…な感じ?




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