始原大樹-01

2004/08/09

「大佐、あの」
困惑した表情のリザ・ホークアイが、電話口を押さえて振り返った。
「門のところにエドワード・エルリックを名乗る少年が来ているそうです」
「名乗る?」
積みあがった書類の陰から物憂げな声が上がった。
ここ最近は特別進みが遅い。まるで何かに気をとられているかのようで、いつものようにこちらの目を盗んで逃げ出そうとするわけでもなし、セクハラ発言をするでなし。ただ机の前に座っているだけで、書類の処理速度は通常比0.4といった所か。このままでは今日もまた残業もやむなし、それともこの無能はさっさと帰して休養を取らせた方が、結果的に効率が上がるのか、リザが思案を始めたところの電話だった。


「確かに銀時計は持っているそうです。そして金髪に金の目。ですがご存知のように、あの兄弟は門番とも顔見知りですので――」
要はニセモノ、と上司からは見えないことがわかっていながら、リザは眉をあげて見せた。
しかしその返答はなかった。かわりに。


がた、と音がして、リザの面前を白いものが覆った。目の前を覆い尽くす無数の白。ふわり、ふわり。
「ちょ……っ!」
虚をつかれて、椅子から立ちあがろうとした中腰の姿勢で止まってしまう。
宙に散った最後の一枚が床の上に落ちた。
床一面に散らばった未決済書類の束に、リザは天を仰ぐ。足の踏み場もない。
無駄な行為と知りつつ、彼が払い落とした書類のおかげで視界に入ってきた椅子に、苛立ち紛れに銃口を向ける。
「あなたはもう…!」
空の椅子がゆっくりと回転を止めた。




「――大佐がそちらへ向かわれていますので、少年は保護してください」
引き金は引かれなかった。









ロイは少年をまじまじと見下ろした。
思えば彼を見下ろしたことなどなかった。その違和感に戸惑う。おそらく彼の方も違和感に戸惑っているのだろう。低くなってしまった視点。全身で感じられる世界。
確かに金髪金瞳。だが、鋼の錬金術師のあの糖蜜のような薄い金ではなく、もっと濃い。
それに鋼のは15歳なのに12歳くらいの背丈しかなかったが、この少年は実際に12歳くらいに見える。


「あ…あの」
少年の腕を掴んで歩き出す。門番の制止の声を背中で聞くが、片手で黙らせる。
「た、大佐」
少年が悲鳴のような声で呼ぶ。見下ろせば今にも泣きそうな顔をしていて、ロイはしまったと慌てて手を離した。女性相手ならこんな失態はしないのだが、と言い訳をする。
「痛かったか、すまない」
「い、いえ。そうじゃなくて。…ぼく、説明しないと。いろいろ。――だから」
必死で言い募る少年の背中に何か大きな包みがあるのに気づく。
重そうだ、と思い、それに手を伸ばすと、彼ははっと身を引いた。
「…持ってあげよう」
彼は即座にきっぱり断る。だが、その後で何かに気づいたように、やっぱり持ってもらえますか、と聞いてくる。
ああ、もちろんだと包みを受け取ったロイは、その重さとごつごつした感触に、顔をこわばらせた。
「ゆっくり話ができる所に行こう。私に会いに来たのだろう。
――アルフォンス君」
涙が溢れそうだった目が大きく見開かれる。
「は…はい、大佐!」





自分がこの兄弟と初めて会ったとき、すでに彼はその鎧の巨体に納まっていた。
思えば――そう長い付き合いと言うわけでもないのだ。しかし、そうとは思えないほど、自分と彼は接近しすぎた。先に適切な距離を見誤ったのはどっちか。そこは大人の責任で私の方、と言うことになるのだろうか。
「教えてください……最後に兄と会った時に、何か言ってませんでしたか」




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