始原大樹-02

2004/08/16

彼と別れた後で、一つ溜息をついた。
とりあえずリゼンブールへ戻ると言う。そこで将来のことをじっくり考えると言っていた。
協力は惜しまない、そう言うと少し考えて、でも兄さんは僕が軍に関わりつづけることを好まないと思いますと、はっきりと少年は答えた。
それでも利用できるものは利用したまえ、と笑ってみせたのは、幾ばくかの責任と罪悪感があったためか。


鋼のが残した財産の整理は少し時間がかかるだろう。彼がどうなったことにすれば、一番手続きが簡単だろうか。死亡確認ができない状態でのそれは面倒なことになりそうだ。特に上層部にも名を知られた錬金術師である彼の失踪は、自分の失態となるのだろう。
それは――別に悪いことではない。
その代価は、既にこの4年で前払い済だ。


大通りを抜けて、町外れへと向かう。セントラルから鉄道で数十分、なぜこの町なのか。以前一度だけ偶然にもここで彼ら兄弟と出会ってしまったことがあった。何かの思い出があるわけではない。あの頃はまだ彼ともそういう関係ではなく、自分は視察で、彼はいつものごとく賢者の石の手がかりを追っていた。
こちらに名残惜しい気持ちはあっても、彼の方は「何でこんなところで会うんだか」と嫌そうな顔を見せるくらいのもので、ただ、軽口を叩いて別れた、それだけだった。


色とりどりのブーケを積んだ花車に足を止め、愛らしい花売りから一つ小さなブーケを受け取った。
蜂蜜色のガーベラを中心とした花束は彼にふさわしいだろう。
私服の自分を軍人だとは思わなかったらしく、彼女は親しげに花言葉はあれ、それはいつの誕生花と解説をする。笑顔で聞きながら、どこか上の空だったのだろう。彼女の最後の一言は、胸に突き刺さった。

「彼女とデート?」


いいや、私は恋人に最後の別れに行くのだ、とは言えなかった。







ずいぶんと見晴らしの良い場所だった。丘の上、一本の巨木。齢を重ねた樹肌はごつごつと節張り、それでいてなめらかだ。緑の葉が涼やかな風に吹かれて揺れた。
こんな木があることもあの時は知らなかった。ただ、最後に会った時に、言われただけ。錬金術の起源ともされる大木の存在を。人の手の届かぬ高みに芳醇な叡智の果実を実らせ、地上に溢れ出た巨大な根が絡み合い、大自然の法則を古の賢者に教えたと言う。
「見てみたいものだな」 
「見に行こうぜ」
「機会があったらな」
「大佐忙しいだろ。そんなこと言ってたら絶対行けないじゃないか」
「そんなことを言っても」
おそらく見に行けないだろうと思ったので、口を尖らせた顔に苦笑した。
そして相手もそれをわかっているだろうと思っていた分、じゃあ、と言い出した言葉に驚かされた。



あれは、覚悟の上の言葉だったのだ、と今になって思った。
今ある結果全て、何もかもが予定通りで。
そして後に残されたのは、無骨な金属の塊だけ。
ただ、それだけ。







木の下に立つと、町が一望できた。赤いレンガ造りの駅と、町をまっぷたつに横切る鉄道。大きな時計台。東に白い教会。
少年に渡された包みを開ければ、見慣れた金属光沢が現れる。彼の右手と左足。受けた愛撫は体に染み付いているのに、肉体を離れ動かす意思を失いもはやぴくりとも動かないそれは、ただの金属でしかない。
そんなものにもはや価値はないというのに。
抱き締め、手放すことができなかった。



緑の野の真ん中で木漏れ日に打たれてうずくまる。
この時間、この場所。
あんたに会いたいんだ。
細かく指定しておいて、下手な地図まで書いて。
そんな彼の柄にもないわがまま。


それは全て失われてしまった。その意味も彼自身も何もかも。







とさりと音がした。
人が来たのか、と思ったが、顔を上げる気にはなれなかった。
みっともない顔をしているはずだ。
接近に気づかないほど油断していたことに、何も思わないわけではなかった。焔の大佐が聞いて呆れる。敵は数知れないというのに。
だが、この瞬間に殺されるのも悪くない、と咄嗟の思考で考えた。




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