Connected Or Not Connected

ホロアン片思い


気がつけば目が追っている。まるで磁石のように視線は吸い寄せられる。それでもこの手が触れることは、決してない。
「なあ。アンナ」
「呼び捨てにしないでって言ってるでしょ」
それだけの返事、プラスビンタでもなんだか嬉しくて、何度も呼んでしまう。


誰もいない部屋。畳の上に寝転がる。
「ああ〜タタミはいいなァ。やっぱり日本人はタタミだろ」
――いや、オレはアイヌ民族であって厳密には日本人ではないのかもしれないが、身についた慣習・感覚は日本人のモノであって。と無駄に虚空に言い訳してみたりする。
しがない1Kのアパート暮らしにタタミはない。
イヤホンから流れてくる音楽は最悪だが、それでもタタミに大の字に寝転がった感触は何にも変えがたい。
実はただ留守番させられているだけなのだが、それでもここは本当に落ち着く。
――ここは彼女の匂いがする。
(何か変態っぽいな、オレ……)
自覚して苦笑。目を閉じるとアホな歌詞が柔らかい陽の光と相まって、眠気を誘う……。


ゴン


蹴られた。
「……あ?」
間抜けなツラをしていただろうと思う。
目を開ければ、たった今オレの頭を蹴った足が、頭のすぐ横に。
見下ろすのは、いつも追っていた顔で。
(いや、それ以前にマズくないか。――このアングルは)
太腿の内側が。
もう少しずり上がれば、さらに中が。
ギリギリの位置。
思わず硬直していると、冷ややかに「スケベ」と言われて、また蹴られた。

……何だよ。わかってたなら、もうちょっと隠せってんだよ。






「何、あんた一人なの?葉は?」
アンナは台所に引っ込んで、買い物袋の中身を冷蔵庫に入れている。
「あれ?葉なら夕飯の買出しだぜ?かぶってんじゃねェの?」
「これはあたし用のオヤツ。じゃあ、あんた留守番だったわけ」
「おうよ」
「その割には、あたしが帰ってきたのにも気づかないじゃない――不用心だわ」
買ってきたばかりらしいゼリーを1個、ガラスの器に移してこちらへ来る。
「仕方ね―だろ」
これ聞いてたんだから、と片耳さしこんだままのイヤホンを指し示す。ふすまにもたれたまま、彼女は「何?」と聞く。
「ボブ。オレは別にいいって言ったにのよォ。葉とチョコラブがオレにボブの素晴らしさを教えてやる!とか言いやがってさ。あいつらが帰って来るまでにこの曲フリ付きで歌えるようにしろとか何とか」
もう、ムチャクチャだぜ。
思い出すだけで頭を抱えたくなる。
「ふーん、それ新曲でしょ?」
アンナは食べかけのゼリーとスプーンをテーブルに置く。



あまりにもアンナの動きが自然だったので、ドキリとする間もなかった。
すたすたとテーブルをまわり、オレの横、膝が触れるほどの距離にぺたんと座り。
このキョリ。
髪がオレの耳に触れる。
触れてみたいと、願った髪がオレのすぐ横にある。
「あいかわらずな曲ね」
右耳にイヤホンをあてがい、アンナは顔をしかめた。





ヤ…ヤベェ。近すぎるだろ、これは。
心臓が今ごろどくどく言いだす。
オレの気も知らずアンナは片耳じゃよくわからない、と言って音量を上げる。
「……ったくさ、チョコラブまでボブファンだとは思わなかったぜ。ステレオで攻撃してくるんだもんな。何でもNYのストリートじゃボブは子守唄がわりだとか何とか…」
瞬きもできないまま、アンナを見つめる。
眉を寄せて聞く、その表情。こんな間近でもへこみ一つ見つけられない、なめらかな白い肌。
熱に浮かされたように喋っている内容など、自分でもろくにわかっちゃいない。

一本のラインと一つの音楽が、オレとアンナをつないでいる。
……それがボブだってのは、どうにもムードがない話だけど。


すぐに喋る内容も尽きてしまう。頭なんて働かねェ。もともといつだってそんなもん働かせてねェけど、こんなとき、もうちょっと気の利いたことが喋れたら。
そしたら、こいつも、オレの方を見てくれるのだろうか。





俺はアンナから視線を引きはがす。
「聞くか?」
左耳のイヤホンを差し出すと、アンナは素直に受け取った。
「何だよ、お前もボブ好きだったのか?」

「まさか」
即答。
「けっこうマジで聞いてるからよ」
「好きになんかなれるはずないじゃない」
髪をかきあげ、イヤホンを耳に引っかけながら言う。


「だって、葉が夢中になってるものよ。大嫌いだわ」


アンナは両耳にイヤホンをはめ、目を閉じた。




「……何だよ…それ…」
笑いたくなってしまう、自分を。
こうまで空回りしている自分を。
「……なんでそれをオレに言うんだよ…」
力ない言葉。
それはアンナに届かない。
目を閉じ大音量のボブのビートに身を委ねる彼女には。

ついさっきまで2人をつないでいた一本のラインと音楽が、今はオレ達を隔てている。
おそらくは、つながっていたなんて思うこと自体が妄想なのだろう。



テーブルの上ですっかり忘れられたゼリーの器が、静かに汗をかいていた。




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