Calling

マンキン最終話捏造。勝手な(自分仕様の)萌設定を追加

荒れ狂う風が体を吹き抜けた。ざわりと逆巻く金の髪。頬を撫でていく感触に思わずあの手を思い出す。温かいあの手を。もう触れることのない手を。
細い手を離れた鉄の扉が、がちゃんと激しい震えを伴い閉まる。
現実の全てを遮断して。

少女はゆっくりと手すりによりかかる。軽い金属は燃え上がるように熱いはずなのに、制服越しの熱はほどよく気持ちいい。
「…来たわよ」
誰に聞かれることを恐れてか、押し殺した声は風に奪われる。
彼女は動かない。
返事は。――返事はない。
もともと表情のないほほがこわばるのを感じる。
来ない、つもりなの。
私が来たというのに!

「―来るなって言ったのにな」
ぎりと見開いた目に、声の主は映らない。
風がふわりと寄せるように、声もアンナに寄り添う。
王の妻となることを拒否したアンナから、かつての力は奪われた。
あの不自然なまでの巨大な力は、王の妻たる証だったのだから仕方ない。自身ですら制御しきれない力にもはや未練はなかった。彼が王でないのならば。

そして、王になることを拒否した彼は自らの肉体を失った。


 ++ 

あの日。
「シャーマンキングにはならない」
そう言い放った彼に、皆が驚愕した。ある者は詰め寄り、ある者は彼を殴り。

そして、納得したのだ。

「仕方ないなァ」
倒れていたはずの双子の兄がむっくりと起き上がる。王の座で眠りにつくことなく葉を待ち受けていた彼は葉と戦い、そして敗れた。全てが予定調和だと彼が吐き捨てるように言ったのは戦いの最中だった。
「僕の出番かな」
「ハオ!」
「結局その道を選んでしまうのか、葉は」
「すまん」
「そうさせないために僕がどんなに苦労したのかも知らずに…。まあいいよ。お前がそう決めたなら」
お前は僕の認めたただ一人の王なんだからね。
煉獄には僕が行ってやる。
そそり立つグレートスピリットが巨大な炎柱へと変わる。だが、かつて自ら王と号した少年は不敵に笑う。
「炎なら僕の十八番だろ」
片手を上げて、ハオは足取りも軽く自ら炎の中に飲み込まれた。


その瞬間、双子の弟の躰もまた炎に包まれる。
「葉!」
「大丈夫だ。近寄るな、アンナ。煉獄の炎だ。さすがのお前も呑まれちまう」
フツノミタマの切っ先を突きつけられて、近寄ろうとしたアンナは怯む。斬れぬ剣とはいえ、いやどんなものでも葉が自分に刃を向けたことはなかった。
「……ッ。最初からこうなると知ってて!」
そうに違いなかった。どこで相談したのかこの双子は、共にグレートスピリットそのものへの叛乱を企てていた。いや、相談などなくても通じ合うのが双子の宿命なのか。
「すまん」
「あんたたち二人とも…二人してあたしを」
「悪いと思ってる。けど、これしかねえんだ」
オイラの望みをハオは叶えただけだ。すまんなアンナ。
「側にいてやれなくて」
言葉は、それが最後だった。葉の躰が炭化していくのをただ見ていることしかできなかった。肉の焼ける悪臭も赤い瞳を反らさせることはできなかった。

そして、青い炎に灼かれた目は、この世にあらざる者を見る力を失った。


 ++ 

シャーマンキングとしてではなく、まったく別の形で少年はこの世界を守る道を選んだ。
グレートスピリットに対する叛乱。葉の代わりにハオの魂は煉獄で焼かれ続け、葉は肉体を解き放たれてこの世界全体に偏在し、グレートスピリットに対抗している。
終りなき戦いを挑み続ける。
たった一人で。
アンナすらも拒み。

アンナは普通の高校生としての生活を送っている。かろうじて霊の声を聞くことはできるがその姿はまったく見えず、ど三流のイタコレベルの自分自身に最初は卒倒しそうになったものだ。とうに退学になっていると思っていた高校は麻倉の力ゆえか休学扱いになっていて、いとも簡単に復学できむしろがっかりしたぐらいだった。もっとも一年下の学年だが。


「もうオイラを呼ぶのはやめろ、アンナ」
「何でよ」
ためいきが指先をかすめる。
「…悪かったと思ってんよ」
「そう」
「――授業に戻れよ」
「嫌」
沈黙が訪れる。
アンナは不意に恐怖に囚われる。見えない彼女にとって、沈黙は不在だ。思わず顔を上げ、その姿を探す。青空に、闇を見る。
その恐怖に気づいているだろうに、葉はなんでもないように言葉を継ぐ。
「お前も普通に生きてくことを覚えねえと」
普通って何。
私が思い描いていた未来にはいつもあんたがいた。
あんたがいて、みんながいて。
私はそんな未来しか知らない。
こんなの知らない。
こんな、こんな!

感情の高まりにも鬼は現れない。何もかもを破壊してしまいたいという衝動は行き場を無くして体の中で荒れ狂う。鬼が、鬼が現れたならば、葉とてこんなにも泰然とはしていないだろう。
忌避し捨て去ったはずの鬼を、こんなにも今アンナは欲していた。
慣れ親しんだ数珠の重みが手首になくとも、鬼を呼ぶ力を失ったアンナは普通の生活を送っている。葉の言う普通の生き方をせざるを得ない。
「…許さない」
「アンナ?」
「私の前からいなくなるなんて許さないから」
激しい直感で、言わずにいた言葉を見えぬ相手に叩きつけた。


「アンナ」
お前は普通に恋をして、誰かと結婚して、子供が生まれて、すごく長生きしていつかおばあちゃんになって死ぬんだ。
「そんな未来いらない」
私がそんな風に生きられるとでも思ってるの。
「人は皆変わる」

あんたは変わらないじゃない。
あんたは私の知ってるあんたのままじゃない。

返答までに少しのためらいがあった。
「いいや」
オイラも変わってしまっている。
その言葉のどこかに苦さを感じたのは、願望ゆえの幻聴か。

全てに在り、全ての声を聴き。
全てと混じり合い、溶け合う。

今のオイラはアンナの知るオイラじゃねェ。






アンナはぶるっと身を震わせた。生暖かな陽気が逆に気持ち悪い。
「葉?」
風が色を変えていた。
もう、行ってしまったよ。
立ち尽くすアンナに誰かがそっと声を掛ける。
雑霊が戻ってきたのならば、葉は本当に行ってしまったのだ。彼の存在中心は濃すぎて、力の弱い雑多な霊たちは吹き散らされてしまうから。

親切そうな振りしたおせっかいな霊め。
思ったが言えなかった。
いつか呼んでも彼が現れなくなる日が来ることを恐れていた。
それは、今日ではなかった。
そのことに例えようもなく安堵している。
もう来ないとも言われなかったことにも。

きっと明日もまた呼んでしまう。
明後日も。
その次も。
その日が来ることに怯えながら、呼びつづける。


黒白の続きかも…いや、違うかも。


葉はアンナが普通に生きていくことを望み、距離を置こうとする。それは変わりゆく自分を恐れているからでもある。
アンナは葉がどんなに変わろうともその中に葉を見つけていくことができる人だと思う。だけど、葉が離れていこうとしているのを感じていて、それを恐れている。

拮抗が崩れるのは、アンナがうっかり売り言葉に買い言葉で「もう来ないで!」と言ってしまった時。その瞬間、アンナは言葉が出て行くのを止めようとするかのように口を抑え、葉は(アンナには見えないけれど)寂しげに薄く笑う。そして、消える。完全に。
屋上の手すりにしがみつき、外聞もなく葉の名を呼ぶアンナ。だが、全ては終わっている。断ち切られた。

葉であったモノはGSに対抗するための完全なる意思体となる。目的意識のみをもち、人格を持たない存在に。
必要とあらば葉の姿でホロや蓮の前に現れるが、それは葉ではない。蓮などはその葉の姿をしたモノを蔑みの目で見るのだろう。「それがお前のなりたかったものか、葉」「その名はもはや意味を持たないよ」むしろハオのような口調で喋る、それ。「ふん」蓮はそれとろくに会話を交わさない。
ホロは「悪趣味だからやめろよ」「お前が最も見たい姿になったつもりだったのだがな。まあ、おまえがそう言うなら仕方ない」蒼く揺らめく燐光。それもまたそれ、の一つの姿。




SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送