「ごめんね、目を覚まさせてしまった」
「――来るような気がしたから、待ってた」
寝起きのぼんやりとした頭でそう言うと、彼は大仰に睛を丸くし、静かに笑いながら、
「何されても気付かないほど、ぐっすりだったよ」
「――何かしたのかよ」
「さあ」
ハオは笑いを含んだ目を流すと、組んだ両腕を枕に寝転がり、睛を閉ざした。
静かに伸びをするように、葉が上体を起こす。
肩から布団が落ち、寝乱れた浴衣から覗く細い首に、黒髪が首吊りのように絡んでいる。
「お前はいつも冗談ばかりだから――」
「愛してるよ、葉」
ハオは目を閉じたまま、葉の姿を見もせずにそう言う。片頬に笑みを浮かべたまま、そう言うのだ。
「ずるいよ…ずるい」
「愛してるよ、アンナが君を愛するよりもずっと」
「…っ。そうやっていつもっ」
突然脈絡もなく持ち出された名前に、葉はハオの体の脇に手をつくと、唇を合わせた。
深く、きつく。だが、葉が本気になる前にハオはそっと逃げた。
「上手くなったね」
そう冷たく笑って身を起こすハオに葉は体の芯の熱が遠のくのを感じた。
「お前、何しに来たんだ」
今さらながらそんなことを聞いてしまう。
「人肌が恋しくなったのかもね」
拒んでおいて抱きしめに来るハオは、まるで気まぐれな子猫のようだ。
そんな嘘に騙されまいと横を向いた葉の耳たぶを噛んでくる。
執拗に耳の外縁をなぞる舌先にしばらく身を任せているのは心地良かった。
鈍く色づこうとする快感と、それ以上には進まないもどかしさとの間でたゆたうのは――。
だが、葉は自分の意思でハオを押しやり愛撫を止めさせた。
「――本当にお前は……」
「何」
何と問われて、何を言おうとしていたのか忘れた葉は、幾分乱暴に
「上手すぎてムカつくんよ」
そう言われても、と苦笑したハオが遠く見えて、葉は突然後悔の念に襲われ、ごめんと言った。
「何謝ってるんだ?葉」
本当にきょとんとした顔で問い返すハオに一瞬の淋しさの影はすでになく、
あまつさえ、「くだらない事で謝るなよ。どうせアンナを抱けなくて鬱々としてたんだろ」と、
言いかけるハオが憎らしくて、葉は一言「帰れ」と言った。
そう言えば、ハオが大人しく帰ることを知ってて、傲然と葉はそう言った。
ハオはただ、小さく肩をすくめただけだった。
それでもハオはまた時折ふらりと葉の気付かぬ間に部屋に入り込んでくるし、こうやって幾ばくかの触れあいを ――時には葉が己を失うほどに、激しく責めたてもするのだ。葉がそれを望めば。
決してハオが自ら求めないことに、気づかない振りをしながらもいつだって葉は、そんなハオに苛立っていた。
自分の一番は確かにアンナで、本当に欲しいのはハオなどではないというのに、この――どうしようもない自分の独占欲は。
それでいて、アンナを抱けずにいるのだから――抱くどころか、触れることすらも。
自分が欲望のままに彼女を抱いて、見かけよりもはるかに華奢で傷つきやすい彼女を壊してしまうのではないかと、それを恐れ――。
だから、自分にはハオぐらいがちょうどいいのかもしれない。
葉は静かに音もなくハオが窓から出て行ったのを背中で感じ、布団にもぐった。
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