目の前が真っ白になって、これが最後の一撃なんだと悟った瞬間、
葉の背後にふわりと何かが生じ、両側を駆け抜ける。
青と赤の力。
一瞬の後、突風が巻き起こり、葉の髪を吹き上げていく。
思わず、とっくにオーバーソウルの解けている春雨を握る右手で、顔を庇う。
それでも跳ね上げられた小石や土くれが、薄いシャツを通して体にびしびしと痛い。
一体、何が……。
腕の陰から見えた光景に、葉の表情が凍った。
同じように風に吹き上げられ、青い空に舞い上がる黄金の輝き。
風に身を任せるようにわずかに頭を巡らせる。頬にかかった髪を払いのける指。
見慣れた後ろ姿。
いつものシンプルな黒いワンピースからのびる白い足。
両脇に従えた二体の式神。青と赤の自分の知らない霊。
感じるのは、この場を圧倒する巫力。
見慣れない長い長い数珠を握り、世界の奇跡のような少女は、あの声で言う。
自分の愛する凛としたあの声で。
「これ以上やるつもりなら、あたしが相手をするわ」
幻……ではない。でも……。
「あ…阿弥陀丸」
「葉殿……」
互いの困惑した声で、これが幻ではないのだと確認する。
阿弥陀丸にも見えているのだ、これは。
なら。
「ア……」
アンナ。
呼べない。呼びかけようとした喉の奥で、名前が止まった。
何を言おうとしても声が出なかった。ただ事の成り行きを、馬鹿のように見ていた。
「逃げる気?」
「アンタとはやるなってハオ様に言われてんの」
バカにしないで、といった顔で、煙草を咥えた女が、アンナを見下ろしている。
それぞれ一瞬で姿を消す三人の女たち。その姿を見送った彼女は、ゆっくりと振りかえる。
その金の輝きを揺らし、細い肩が動く。
自分の方へ。
「――うェっへっへ。ちょっとヤバかったかな」
笑ったような気がした。たぶん笑っていた、と葉は後で思った。
うまく笑えていなかったけれど、
顔のどこかが引きつっているのがわかったけれど、それでも笑っておいた。
アンナの顔を見ると言葉が出てきた。心にもない言葉がたくさん。
思ってもいなかったような事ばかり、いっぱい。
「何でこんな所にいるんよ、アンナ」
肩越しに振り返ったそのまま、アンナは黙って葉を凝視していた。
どこか驚いたように目を見開き、見つめてくるアンナの沈黙に、葉はさらに言葉を紡ぐ。
「まあ、いいや。アンナが来てくれて助かったな。さすがにちょっとヤバかったから……」
アンナの後ろで竜やホロホロが起き上がり、まん太やたまおがいることに驚きの声を上げている。
それにまん太が説明していたが、そんな声は、葉とアンナには聞こえていなかった。
「あいつら、ハオの手下だったみてェだけど、何でアンナのことまで知ってたんだろう」
「…葉……」
初めて、葉に向けられた声は、先ほどの張りのある声ではなかった。
唇を噛み、目を伏せたアンナは、弱く葉の名を呼ぶ。
まるで、これ以上葉の顔を見ることが出来ないかのように。
まるで、これ以上葉の言葉を聞いていられないかのように。
「…葉」
辛うじて自分が倒れずにすんだのは、彼女たちが自分には手加減したからだ。
そのことにいくぶん感謝する。今すぐ、動けないほどではないことに。
葉は、春雨を放り出すと、アンナに近寄った。
「どうした、アンナ」
「どうしたって………どうかしてるのはアンタの方よ!」
葉を見上げて一瞬ぽかんとしたアンナは、我に返ると、
まるで子供のように長い数珠を振り回した。
「あだっ。ひでえな―。何すんだよ」
「うるさいわね。アンタが変な顔してるからよ!」
「変な顔?オイラが?」
「今は――もう違うけど!」
「何言ってんだよ、アンナ」
うぇっへっへと笑う。いつものように。
アンナが自分の名を呼んだ時、何かの呪縛が解けたように、
風が自分の周りに戻ってくるのがわかった。
自分の中で淀んでいたものが吹き払われた、アンナの声で。
オイラはアンナがいるから、自分でいられる。
アンナは風。
全てを吹き払い、オイラを縛りつける全てを薙ぎ払い、
オイラをオイラそのものにする、風。
オイラのちっぽけなプライドさえも吹き飛ばして――。
ありのままのオイラ。それがアンナの望むオイラ。
麻倉葉だ。
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