PHANTOM PAIN

必要なのは痛みだったのかもしれないね。


なんて、そんなことをオマエは言う。
だから、オイラは言う。


「オマエがそんなこと言えるのは、痛みを知らないからだよ」


「よく言うね」
双子の兄は鼻で笑った。
そう言う葉だって痛みを知っているのかい?本当の痛みを。
「忘れたの?今までに存在した全てのハオの心と記憶を受け継いでるのは僕の方なんだよ。 1000年の様々な生で痛みを感じることがなかったと、本当にお前は思ってるのかい」


――1000年。
それはあまりにも遥かな時間。まだ15年の生すらも満足に生きていない葉に、 そんな問いに対する答えなど、用意されているはずもない。
それでも。
他人の痛みを知らないふりをし続けることができるハオは、 やはりどこかに痛みを置き忘れてきたのだと、葉は思う。 歴史の中のある時、ある場所で、自分の半身は、人間としての痛みを捨てることを 選んだのだと、わかってしまったから。


いいよ、オイラがお前の代わりに痛みを感じてあげるから。
オイラがお前の代わりに泣いてあげるから。





「ああ……酷いね」
溜息のように漏らした言葉に、葉はどうした?と声をかける。
「ひどい傷跡だ」
ひどい傷跡などあっただろうか。葉は手放しかけた意識を引き戻し、ゆるゆると身を起こす。
「ここにも。ほら、ここにも」
そう言って、舌を這わせてくる。その舌がなぞるのは、確かに傷跡。だが、
「そんな昔の……何してんよ、ハオ」
くすぐったそうに笑った葉を、ハオは見上げる。
「葉、何でこんなに怪我してるんだい?」
「…うーん。修行とかかなあ?それに戦ったりしてるし……」
言いかけて葉は言葉を切った。まじまじとハオの裸の体を見つめる。
ついで、どこか怒ったような表情でハオの腕を引っつかんだ。
「え、何?」
そのまま無言でハオの体をひっくり返す。いつもなら力負けなどしないハオは、 不意をつかれたのか。それともただ、葉の意志に任せていたのか、「うわっ」と言いながらも、 されるがままに、葉に背中を向けて座らせられる。
「何なんだよ、葉…」
首だけを傾けてハオは唇を尖らせる。
それに負けず劣らずの仏頂面で、葉はハオの背中に平手を振り下ろした。





べちりと間抜けな、しかし大きな音がする。
「……っ!!」
くっきりと残った赤い手形に少しは満足したようで、葉はぷいっとまたそっぽを向いた。
「なんだよ、いきなり。痛いだろ」
「痛いぐらいでちょうどいいんよ」
双子の兄の前ではずいぶんとわがままな側面を見せる穏和な少年は、あいかわらずの顔。
「何なんだよ…もう」
首を曲げて背中を見ようとしたハオは、早々に無理だと諦め、部屋の隅に置かれた 鏡へのそのそと這っていく。
「あーあー。痕つけちゃって」
呟いて、ようやく葉の不興の原因に思い当たって、ハオは肩をすくめる。

「どうせならこんなのじゃなくて、背中に引っかき傷でも作ってくれたらいいのに」
「バカか、お前」
「背中の引っかき傷って、男の勲章ってカンジしないか?」
「しない」
「葉の体の傷だって、かっこいいよ」
「……これは」
ハオは再び葉の傍に寄ると、その背中の傷に舌を這わせた。
「いいじゃないか。これは今までの葉の全てなんだから」
「お前は……」
「ん?」
「お前は傷なんかつけんなよ」
ハオはそう言う葉の顔を覗き込もうとして拒まれる。柔らかい笑みを浮かべて、 ハオはいたわるようにその体の傷を指でなぞる。
「僕は……葉に傷をつけたいな」

「…?何言ってるんだ?」
「何となく……葉が痛そうに顔を歪めるのが見たい」
「…趣味悪いぞ、お前」
あっけに取られて葉は呟く。しかし、ハオの表情も手も優しいままで。 夢見るように、ハオは言葉を続ける。真実の言葉は自分でも思わぬうちにこぼれ落ちようとした。
「たぶん……」
何かを言おうとして、ハオは突然夢から醒めたように無防備な顔をさらす。
その瞳は何も映さない。目の前の葉の存在すら失念したように、 ハオは身動き一つしなかった。
「……ハオ?」
葉はそんなハオの頬に手を当てた。自分の肉体を確かめるように、ハオはその手の上に 手を重ねる。どこか現実感を喪失したハオは、まるで機械のようにぎこちなく腕を動かした。
「ハオ…」
二度目の呼びかけにハオの焦点が葉にあう。
「葉…」
虚ろに呟いたかと思うと、くるりと葉の視界が回転する。
「んわァっ」
思わず声をあげてしまい、葉は口を押さえる。
敷かれた布団の上に押し倒されていた。
言葉や小手先の手練手管でなぶるようないつもにくらべ、ずいぶんと余裕のない様子で、 ハオは口付けを落としてくる。
「ハオ…?」
「葉が…顔を歪めるのが見たいって……言ったろ…?」
いつもなら冗談のように笑いにごまかしながら言うはずの言葉は、わずかにかすれていて、 甘やかしてはもらえないと悟った葉は、来るべき痛みを予想して、まぶたを閉じた。





多分、痛みを知りたいから。
痛みに顔を歪める自分を見たいから……葉を痛めつける。
半身だから、という理由だけではなく、愛しく思っている。自分は、 アンナ同様、葉というひとつの人格を認めて愛しく思っている、そうだったはずなのに、 どこかで自分と同一視していたのか。
ならば半身と身をつなげるこの行為も、今感じている好意も何もかも、 自己愛でしかない。
そうじゃない。そうじゃないはずなんだ。
水音に似た音が、警鐘の様に頭を打つ。冷静さを欠いた頭は雑音に惑わされる。 そんなわずらわしさがたまらなくて、 ハオはどんな行為の最中でも完全に我を失うことはできない、己の体質を呪った。
忘れたい時だってあるんだ。何もかも忘れて快楽に没頭したい時だって。
僕は本当に葉を必要としているんだ。 半身だからじゃなくて、僕は僕の隣に立てる者が……。
僕の始めた血の最初と最後の環を結び、永遠の円環を完成させるとか、 そういう僕自身の姑息な最初の思惑全てを飛び越えて、 葉を愛してしまったと、そう思ったはずなのに。


いつのまにか円環は捩れて閉じようとしていた。
僕は葉という鏡像を得ようとしているだけなのか……?
僕とは違う個性、そこに惹かれたはずなのに、求めるのは僕と同じ表層?
痛みに歪む顔。
僕はそこに僕の幻影を視る……。




目覚めるとハオの姿はなかった。
痛みは鈍く残っていて、それだけがハオの残したもの、訪れの証。
「泣けばいいのにな……」
泣きたい時は。
そう言ってあげればよかったなと、葉は思う。
途切れそうになる意識の中で、泣きそうな顔をしていたハオ。
痛みが無くても泣きたい時ぐらいある。 痛みがわからなくても、痛みを感じなくても、 心のどこかは確かに痛みを訴えているのだから。


お前が泣けないなら、オイラが泣いてやる。
お前にできんなら
オイラがかわりに泣いてあげるから。
多分、それが半身だということ。


葉は傷ついてて、ハオ様は傷一つないってこと。
そんなところに嫉妬しちゃう、男の子な葉。

そして、痛みについて考えながらも、 全然違う路線でモノを見てる二人。
快楽に我を失いながらも、ハオ様を見てる葉。 ハオ様の心をいたわる葉。
そして、没頭しきれないながらも、結局自分のことしか見えていないハオ様。

半身についても考え方違うし、結局二人は全然違うんです。 そのあたりがわかってもらえたら。

なんだか精神年齢では、葉の方に軍配の上がりそうな気配です(苦笑)。 いまいち鬼畜になりきれませんね…うちのハオ様は。 葉に背中に平手の痕つけられてるし。
翌日、マントをバサァっとしたハオ様の背中に、星組の家臣どもは 仰天することでしょう……。
でも何も言わないし、(多分葉様だ…)(葉様の仕業だ…)と内心思うだけ…(笑)。
花組は後でこそこそと、
「アレって……すごいね…」
「弟クン…すごい…」
「ハオ様、昨日ケンカしちゃったのかな…」
と噂することでしょう。



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